第5話 頭が上がらぬ

「おい、どうするんだ。いくのか」

「はい、やります」

「おい、いくのは俺だぞ。大丈夫なのか」「いつもと同じようにすればいいのです」「三河だぞ、いつもと違うぞ」

「大丈夫です。私のいうとおりにすればいいのです」

「なんで三河なんだよ!」

「もう尾張は制覇してしまいました。三河にいくしかないのです」

「三河でなくてもいいじゃないか」

「ダメです。尾張に留まっていてもいい仕事はありません。

あなたの自慢の足軽も宝のもちぐされになります」

 土田御前は信秀にたたみかけた。

「もう尾張だけに留まるのは所帯的に無理なのです。他国で名を上げ領地を得なければなりません。

大丈夫、私がついています。

今まで私が間違った判断をしたことがありますか」

「----。」

「返事は」

 土田御前は、黙りこんでいる信秀に強い言葉で返事を求めた。

「ありません」

 信秀は、小さい声で答えた。

「わかったら私のいうとおりになさい」

 土田御前の語調は、さらに強くなった。

「大丈夫絶対上手くいきます。

死んでも骨は拾ってあげます。このままでは我が家は尾張で尻つぼみになります。

それでいいのですか。

あなたの嫡男信広様に城主となっていただき我が家を一段上の高みに昇らなくてはなりません。

これしか道はないのです」

 信秀は、土田御前の言葉に反論できなかった。いくさには強い信秀が、土田御前の前では大人しい飼い犬にすぎなかった。織田信秀が尾張一の実力者となれたのは、土田御前の手腕のおかげである。彼女の指図で信秀は動き、この地位に昇り積めた。

 彼女は情報、外交、経済を総合的に判断して全てを的確に決済して織田家を動かしてきた。彼女には信秀といえど逆らえない。彼女の決済がなければ、信秀の自慢の足軽も雇うことができない。信秀は彼女のいうとおりに動くしか道はなかった。

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