第9話 勉強
拠点に来て三日目の朝、宣言通り銀狼達が挨拶に来てくれた。三十匹程の銀狼に驚いてしまったが、これでも数を絞ったらしかった。
「初めまして、リルです」
『初めまして、守役は気に入ったかな?』
一番偉そうな狼が聞いてくる。
「はい!琥珀を紹介してくれてありがとうございます!」
『名は琥珀にしたのか、良い名じゃな』
琥珀は誇らしげな顔をしていた。
リルは少しの間、銀狼達と走り回って遊んだ。逃げる銀狼達を捕まえては毛皮をモフモフする遊びだ。遊んでいたらあっという間に時間が過ぎてしまう。銀狼達はまた来ると約束して帰っていった。
リルは今日も森に異常は無いとイアンに報告する。ちゃんと仕事を忘れなかったのだ。
朝食を食べた後、リルはイアンに呼び止められた。
「リル、今日は勉強をしよう。一昨日兄上が教科書をくれたからな」
イアンはリヴィアンにリルの知識量を調べるように言われていた。それに応じて必要なら教師を斡旋してくれるらしい。
団員たちには今日も自分不在で森の見回りに行ってもらうことになるが、リルの事が最優先事項だった。
リルは琥珀も一緒に勉強しようと楽しそうだ。
イアンは教科書を開いてどこまでわかるか聞いてみる。歴史や他国のことになると全滅だった。驚いたのは数学だ。まず足し算引き算の速さに驚いた。さらには掛け算割り算も当たり前のように暗算でできた。それらはすべて『みちるちゃん』に教わったらしい。これなら数学を勉強する必要は無いだろう。
リルをなるべく人目に晒さないためにも教師を付けない方がいいのではないだろうか。国のことなら自分でも教えられる。イアンは今後のリルの教育方針を考えた。
リルは賢い、本を読ませるだけで自分で勉強もできるだろう。拠点待機の騎士に勉強を見てもらうのもいいだろう。ここに配属されるのは教養のあるエリートだ。一番若いグロリアでも十分な教養を備えている。
イアンはリルを膝の上に乗せて、この国の簡単な歴史の本を読んでやる。
古くから神獣と共に生きてきたこの国の歴史には神獣のことが多く含まれる。長生きなルイスが時折当時のことを語りだすので、イアンにとってもなかなか興味深い勉強会になった。
次に、隣国――レイズ王国のことを少し話して聞かせる。リルは生まれ故郷の事を何も知らないからだ。リルの反応を見ながら話し出すが、リルは国には別段思い入れがないらしく、普通に聞いていた。これなら勉強中に昔を思い出す事も無さそうだと安堵する。
レイズ王国に神獣はほとんど居ないと言うと、驚いていた。昔、みんなこちらの国に移住して来てしまったのだ。安全な方がいいよねとリルは納得していた。
勉強していると、眠くなってしまったらしい。リルはまだ体が小さいから睡眠が多く必要なのだろう。
ベッドに運ぶと寝ぼけながら琥珀を撫で回していた。やがていい位置を見つけたらしく、琥珀を抱えたまま眠ってしまった。
イアンはルイスと共に団長室に戻ると、兄の元に魔道具の鳥を飛ばす。教師は必要無いという知らせだ。
夕食時、リルは目を覚ました。外からとってもいい匂いがして、お腹が減ったことに気づく。急いで琥珀と食堂に向かった。
「リル、一人で起きられたのですね、偉いですね」
食堂ではグロリアが準備を手伝っていた。リルもお手伝いをする。
テーブルを綺麗に拭いて、みんなの分のお盆とフォークを並べる。
そこにグロリアとミレナが料理を置いた。準備が出来たので鐘を鳴らす。
するとみんな集まってきた。
「リル、準備を手伝っていたのか?偉いな」
イアンは少しだけベッドに居ないリルのことを探していたが、食堂で見つけてホッとした。
「そういえば、リル。今日のお肉は銀狼達がくれたんだよ」
メイナードの言葉にリルは首を傾げた。
「森を見回ってたら銀狼達が来てね。獲物をくれたんだ。こんな事は初めてだよ」
銀狼達はリルがあまりに小さくて細いから心配になったのだった。だから獲物を分け与えてくれた。
銀狼達はリルが捨てられた子であることを知っている。その前にどういう扱いを受けていたかは察せられることだった。
リルは嬉しくて今度会えたらお礼を言おうと心に刻み込んだ。
銀狼たちのくれたお肉は美味しかった。森の奥にしかいない魔物の肉らしく、とても珍しくて美味しいのだそうだ。騎士たちもその味に感動していた。
琥珀は人間にとってはそんなに珍しい物なのかと不思議そうだったが、森の奥から拠点までの距離を考えれば確かにと思い直した。
リルもいつもはほんの少ししか食べられないのだが、銀狼たちの優しさに報いようと一生懸命沢山食べた。
リルが普通の子供と同じぐらい食べられるようになるのは案外すぐかもしれない。
残ったお肉はベーコンとソーセージにしてくれるとミレナが言った。リルはとても楽しみだった。
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