第3話 お風呂

 リルがまた眠ってしまった後、イアンは森の傍のこの拠点に常駐している五人の騎士を呼んだ。

 そしてリルの事情を説明する。『通訳者』の可能性があると言うと驚く者や喜ぶ者、様々だった。

「女の子だ、普段の世話役はロザリンがいいだろう。取り急ぎ起きたら風呂に入れてやって欲しい。グロリアも協力してやってくれ」

 ロザリンとグロリアは快く了承する。特にロザリンは、リルと同じように幼い頃森に捨てられた捨て子だった。今も内心腸が煮えくり返っている。

「今はルイスが付いてくれている。明日の午前中には紹介するからそのつもりでいてくれ」

 団員たちは緊張した。今まで子供を拾うことは多かったが、拾った子供はすぐに近くにある孤児院に預けていたのだ。拠点に長期滞在する子供は初めてであった。

 しかも国の宝である『通訳者』の可能性があるのだ。どう接すればいいのか皆目見当もつかなかった。イアンは神妙な顔をしている団員たちが面白くて笑ってしまう。リルの事だからきっとすぐに馴染むだろう。イアンはそう思った。

 

 イアンが拠点にしている建物を出ると、そこには神獣であるリス達が団子になっていた。あまりの光景に思わず立ち止まったイアンだったが、すぐに合点がいった。

「女の子なら今眠っている。明日の朝には起きられるだろう」

 そういうと、リスたちは分かったというように頷いて森に姿を消した。拠点にリルのことを伝えに来てくれたのは彼らだった。リルの前にも捨て子の存在を知らせてくれたことがあったが、保護した後に様子を確認に来ることは無かったはずだ。やはりリルは特別なのだと、イアンは気を引き締めた。

 

 

 

 翌朝、ロザリンとグロリアを連れてイアンはリルの元に向かう。何かあった時のためにルイスを部屋の中に残してきたが、大丈夫だろうかと心配になる。泣いていたりはしないだろうか。


 部屋に近づくと、ルイスがワンワン吠える声と、リルの笑い声が聞こえた。イアンは一安心する。扉をノックして部屋に入ると、リルはベッドの上に座ってルイスを撫でていた。

「おはようリル」

「おはようございます。イアンさん」

 リルは笑顔で挨拶を返してきた。イアンはまたホッとした。

「リルに紹介したい人がいるんだ。この拠点にいる二人の女性騎士だよ」

 挨拶を促すと、ロザリンとグロリアは緊張した様子で自己紹介する。

「ロザリン・ピアースよ。今日からよろしくね、リル」

「グロリア・ソラナスと申します。よろしくお願いします」

 リルは心の中で名前を忘れないように反芻する。そしてベッドから立ち上がってお辞儀をした。

「リルです。よろしくお願いします!」

 この歳でどうしてこうも礼儀正しいのかと、グロリアは面食らった。リルの守護霊は行儀に厳しいのかもしれないと思い直す。

「まず二人に風呂に入れてもらえ。そうしたら他のみんなに紹介と、建物の案内だ」

 リルは何故か気合を入れているような仕草をしていた。別にこれは仕事では無いのだが、リルの中では違うのだろう。

 三人は建物に関する話をしながら風呂に向かった。

 

 案内された風呂の広さに、リルは驚いた。それになにか嗅いだことのあるような匂いがする。

「温泉?」

 そうだ『みちるちゃん』の記憶にあった温泉だ。とリルは手を叩いた。

「よくわかったわね?入ったことあるの?」

 ロザリンの言葉にリルは首を振る。そして『みちるちゃん』がと呟いた。例の守護霊かと、ロザリンは感心した。同時にリルに守護霊が憑いていてくれて良かったと思う。ロザリンが捨てられて、ここの聖騎士に保護された時は一人ぼっちだったからだ。


「じゃあ一緒に入ろうか!綺麗にしましょう!」

 リルは二人にお風呂の使い方を説明されながら、人生初めての風呂に挑戦する覚悟を決めていた。今までは濡れた布で体を拭くことしかした事がなかったのだ。身だしなみは大事だと『みちるちゃん』も言っている。

 リルは二人に念入りに体を洗われた。くすんだ肌が白くなり、びっくりした。髪も念入りに洗われて、とても清々しい気持ちになった。


「髪が長すぎますね、先に少し切りますか?」

 リルは生まれてから一度も髪を切ったことがない。その髪は足元まで届いていた。歩きにくいなと思っていたのでお願いして切ってもらうことにした。

 腰ほどの長さまで切ってもらって、頭が軽くなったのを感じた。今ならどこまでも飛んでいけそうだ。

「リルちゃん、綺麗な髪の色ね」

 ロザリンがリルの光沢のある銀髪を褒める。先程までは泥のような色だったのだ。あまりの変化にリル自身も驚いていた。

 

 体を洗うと浴槽に入る。それはとても気持ちがいいものだった。お風呂は心の洗濯だと『みちるちゃん』も言っている。リルは生まれ変わったような気持ちになった。

 

 お風呂からあがると服を渡された。これは誰の服だろうとリルが思っていると、保護した子供用の服だと言われた。少し大きめのそれはシンプルだが動きやすかった。

「さあ髪を乾かしましょう」

 ロザリンが何か手の平サイズの筒のような物を持ってくる。ロザリンがそれに何かすると、温かい風が筒から吹き出した。ドライヤーだ!と『みちるちゃん』が言う。驚いている様子のリルにグロリアが説明してくれる。

「これは魔道具の温風機ですよ。魔力を込めるだけで温風が出るんです」

 魔道具!ファンタジーだ!『みちるちゃん』は大喜びだ。リルは魔力とはなんだろうと思って聞いた。

「魔力は誰でも持ってるもので、魔法を使う時に使うんですよ」

 リルは自分も魔力を持っているのだろうかとワクワクした。いつか魔法を勉強できるだろうか。目指せ最強の魔法使いと『みちるちゃん』も言っている。

 髪を乾かし終わるとロザリンが鏡の前に案内した。リルは鏡を初めて見た。そこに居たのは銀色の髪に青い瞳の小さな女の子だった。これが自分かとリルは感動した。二人は可愛くなったと褒めてくれる。

 そのまま二人と手を繋いで、イアンのところに向かった。

 

 

 

「団長!戻りました!」

 ロザリンの元気な声に、イアンは振り向くと絶句した。リルが別人になっているように見えたからだ。

「どうです団長!綺麗になったでしょう?」

「ああ、見違えたな」

 イアンはリルの頭を撫でる。リルは嬉しそうに笑った。綺麗になったリルはかなりの美少女だった。双子の姉が聖女に選ばれたと言っていたが、この容姿ならそれも道理だろうと思う。しかも今のリルは痩せている。健康になったらどれほど人目を引くだろうか。イアンは未来が少し恐ろしくなった。

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