ゆめゆめうつつと思わない

しろた

ゆめゆめうつつと思わない

 

 時は放課後、絶好のうたた寝日和、そして親友のカルロは追試の結果が悪くて呼び出し中。つるむ相手がおらず暇をもて余した私は、おやつを食べることにした。


 「花うめ~」


 私とカルロの秘密基地である、学園にある林の奥。そこできれいに咲き誇っている花の蜜を吸っていた。たまに木の実を食べて、また蜜を吸う。貴族令嬢がすることじゃないと言われればそれまでだが、美味いもんは仕方がない。食堂のケーキよりも甘くて美味しいこの自然の味を知ってしまったら、もうやめられないのだ。まあ……過去に園芸部が育てた木の実をカルロと食べ尽くしちゃったときは、一ヶ月ぐらい自主謹慎はしたけれども。

 ちょっと喉が乾いてきたので、持ってきていた果実水を瓶から一気飲みをする。


 「ッカー! たまんねぇな!」


 この一杯が生きてる証ってね!

 そして花の蜜を吸うことを再開すると、茂みががさがさと音を立てて揺れた。カルロも来たのかな? 私は果実水が入っているもう一本の瓶を掲げて、カルロへと声をかけた。


 「おっつー。カルロぶんも果実水ある、よ……?」

 「誰だ貴様は」


 背中から、到底人間の腕とは言えはない、でも人間の腕を模したとしか言えない何かが生えた男の人が、茂みをかき分けて現れた。カルロではないことに驚き、そして人間とは思えない男の人の風貌に固まっていると、男の人は顔を歪めて大きく舌打ちをした。え、なに、こわ。


 「誰だと聞いている」


 男の人の地を這うように不機嫌な声に、私はびくっと体を震わせる。もしかして私が名前を言わなかったことにキレてんの? は、え、怖いんだけどこの人!


 「シャルル……。シャルル・ゴダイヴァ」

 「名乗る知性はあるようだな」


 怖すぎて素直に名前を言えば、男の人はとんでもなく失礼なことを言ってきた。ちょっと! いくらカルロと学園でドベを争う成績でも、名前ぐらいはちゃんと言えるんですけど。ぶすくれながら男の人を見れば、男の人は視線だけを動かして周囲を見渡した。そして私のほうへと顔を向け、唇を動かす。


 「それで小娘、ここはどこだ」


 名前聞いておいてそれぇ?! 私はそうつっこみたいのを下唇を噛んでぐっと堪える。なんていうか、この人にそういう冗談は通じなさそうだからだ。


 「ウィッシンブル学園だけど……」

 「は? なんだその珍妙な国名は」

 「ちん……?」


 ちんみょうってなに? 突然下ネタ言うのやめてよ。

 私が男の人の下ネタに首を傾げると、男の人は眉間に指を当て、はぁーっと呆れたように息を吐いて首を横に振った。


 「まあいい」


 諦めちゃったよ、この人。


 「てゆーかそっちこそ誰? 私は名前を言ったんだし、ならそっちも名乗るのが礼儀でしょ」

 「被検体ナンバーゼロゼロイチだ」


 私が男の人に名前を聞くと、男の人は人の名前とは思えない単語の羅列を口にした。被験者、ナンバー、ゼロ、ゼロ、イチ。親から何も願いを込められてないであろうその名前に、私は少しだけ男の人がかわいそうになった。


 「変な名前」

 「否定はしない」


 それでついそんなことを言っちゃったけど、男の人は無感情に言う。

 いや、しろし。あー、やだやだ、変な人に絡まれて気分最悪。気分直しに私は木の実を摘まんで口に放り込む。木の実を飲み込んだら、次はまた花の蜜を吸う。


 「おにーさん、どこから来たの? 留学生?」

 

 私がちゅっちゅっと蜜を吸っている最中もその場を動こうとしない男の人に話しかける。少なくとも、こんなおかしな腕が生えている人がうちの国の人間とは思えない。魔法で腕を増やしたいなら、普通の腕にしたほうがいいじゃない。

 すると男の人はこっち来てほしくないのに、私の隣に腰かけた。腕が怖い、こっちくんな。


 「知らん、気が付いたらここにいた」

 「あ~、転移魔法に巻き込まれちゃった系か~」


 ど~せ、ティティンカクラブのインテリクソエリート様がヴィレントクラブに張り合って、転移魔法でも使ったんだろうな。で、男の人は巻き込まれてどっかの国から飛ばされてきちゃったってワケだ。これだからインテリ様ってやつは厄介だよね、平気で人に迷惑をかけて、悪びれもしない。今回だって、男の人をすぐに戻すんじゃなくてこうやって放置してさ、まじ最低じゃん。

 

 「てん、い……?」


 男の人は眉を寄せて言う。転移魔法がこの国にはあるの、知らないのかな。いやいやこの世界でそんなことないっしょ。どの国にも魔法はあるんだよ、常識!


 「おにーさんのいた国に戻してもらえるよう、あとで先生に頼んでみるよ。うちには転移魔法学第一人者の先生もいるし安心して! てか生徒の尻拭いはちゃんと先生がしないとね!」

 「あとでだと? ふざけるな、今すぐしろ」


 うーん、ごもっとも! 誰だって早く自分の国に帰りたいよね!

 なんだけど、私には私なりにすぐできない理由があった。


 「ダチのカルロが来るまで待っててよ。入れ違いになりたくないし」


 つまりはそゆこと。花を口にくわえたままブイサインをすれば、男の人はまた大きな音を立てて舌打ちをした。その舌打ちに、人間ここまであからさまに『不機嫌です~』を言葉にしないで伝えられる方法があるんだな……って感心した。舌打ち一つで表現できるのすごない?!

 あ、でも待ってくれんのね。あんがちょあんがちょ。


 「おにーさんも花の蜜吸う? 甘くて美味しいよ」


 とはいえこのまま無言でいるのも気まずくて、私は新しい花をもぎってそれを男の人に差し出す。すると男の人は目を見開き一瞬だけ驚いたあと、ちゃんとした人間の腕で花を受け取った。こんな素直にもらってくれるとは思わなかったので、かなりびっくりしてる。

 今度は私がびっくりしていると、男の人は不愉快そうに眉を寄せて、ため息を吐いた。


 「敵国の人間だとしても、貴様が兵士ではないのなら私は危害を加えない」

 「ここね、お尻のほうから吸うの」

 「どうやら真面目に話した私が間抜けだったようだな」


 別の花でお手本を見せれば、男の人は心底私をバカにしたように見下した目をしたあと、私の言ったとおりに花のおしりに口を着けた。


 「どうどう? 美味しいっしょ」


 それは私が一番お気に入りのやつだ。男の人はしばらく無言になったあと、「甘い」とこぼすように呟いた。そりゃそうだよ、花の蜜だもん。


 「甘味を口にしたのは、いつぶりだろうか」

 「木の実も食べる? 甘酸っぱくてくせになるよ」

 「私の国では一般兵士が口にできるものはどれも泥のような味で、まともな食事にありつけるのはごく一握りの人間だけだ」

 「ほら、手ぇ出して」

 

 ぶちぶちと木の実をもぎり、木の実でいっぱいになった両手を男の人に向ける。男の人はまたため息を吐いて、私からたくさんの木の実を受け取った。男の人の手に木の実が全部行ったのを見届けて、今度は自分のぶんの木の実を取りに行く。


 「……本当に貴様は話を聞かないな」

 「え、なんか話してた?」


 ごめん、全然聞いてなかったや。もっかい話してくれる?

 私は木の実を狩り尽くして、男の人の隣へ戻る。そして大口を開けて、持っていた木の実を全部口の中に流し込んでいく。


 「こうひゃってたくはんくちにいへてたへるとおいひいよ」


 口の中一杯に木の実がある状態で喋ったから何言ってんのかわからなくなっちゃったけど、「こうやってたくさん口の中に入れて食べると美味しいよ」って言った。男の人にはそれが伝わったのか、両手いっぱいの木の実を口へと押し込んでいく。


 「ろふ? ろふ? ふまい?」

 

 身を乗り出して聞けば、男の人は口を動かしながら無言で頷く。そりゃよかった! 口いっぱいに木の実がある私達は、しばらく無言で木の実を食べることに集中する。やばい、口に入れすぎて吹き出そう。私は手で口を押さえることにする。


 「この国は豊かだな。私の国とは正反対だ」


 無心で木の実を食べていると、もう食べ終わったのか男の人はぼそりと呟いた。えっ、これ聞かなきゃだめ? なんか自分語り入りそうじゃない? まだ木の実が飲み込めてないので、あんまり人に気を遣ってられないんだけど。なんなら詰め込みすぎてちょっとえずいてる。


 「空気が澄んでいるというのはこの事を言うのだろう。呼吸が苦しくない。おそらくここなら肺をやられる兵士もいないだろう。

 これほどの数の枯れ木以外の植物を見たのはいつぶりだろう。花や木の実が生っている姿は、私は敵国へ攻め混んだときにしか見たことがない。食料が足りずに死体を食い漁る子供など、ここにはいないだろうな」

 「……」


 やばい、吐きそう。


 「空は青いことを忘れていた。太陽の光が心地よいと初めて思った。なにより貴様のような子供が兵士ではない、それは素晴らし――」

 「おぼぇぇえぇ」


 男の人がなんかずっと喋っていたけど、ついに限界を迎えた私は草の上に口に含んでいた木の実を吐き出した。我慢しすぎて鼻から出るかと思った! びちゃびちゃと汚い音を立てて吐いていると、男の人が立ち上がり私から距離を置いた。


 「うえっ、げぇえ!」


 ゲロったわけじゃない――あくまでも口に含んでた木の実を吐き出しただけだ――ので、口の中はすっぱくないがなんだか気持ち悪い。私はカルロぶんとして残していた果実水を喉に流し込んだ。

 涙目になりながらごくごくと果実水を飲んでいると、再び茂みが揺れて、今度こそカルロが現れた。カルロの手には果実水が入った瓶と、食堂の紙袋。


 「シャルルー、待たせたな。

 ってきったねぇ! なんでゲロ吐いてんだよ」


 するとカルロはすぐさま私のゲロに気付き、飛び上がってさらに私から離れていく。


 「食べすぎた~」


 気持ち悪いよ~、と言って残り少ない果実水を飲み干す。ぐおお、水分が足りん。


 「小僧、水を飲ませてやれ」

 

 げぇげぇとえずいていると、男の人がカルロに言った。おい! その手にある果実水くれ! はよ寄越せ!

 するとカルロはそこで今度は男の人の存在に気付き、また飛び上がった。

 

 「えっ、誰? 留学生?」

 「私のことよりまずは友人を心配しろ」

 「背中キッモ! は、これ何? 腕? いや何これ?!」

 「何故貴様たちは揃いも揃って人の話を聞かない」

 「あっ、わりい。名前言うの忘れてた。俺はカルロ・ファーレンファイト! 留学生は?」

 「…………被検体ナンバーゼロゼロイチだ」

 「変な名前だな」

 「なるほど、これが同気相求か。最悪な形での理解だ」

 

 私を置いてけぼりして進んでいく会話に、私は地面を叩いて抗議する。カルロは「わりぃ」と言うと、伸びすぎじゃない? ってぐらい手を伸ばして私へと果実水を差し出した。これはあれだ、絶対に私のゲロに近寄りたくないってやつだ。いやその気持ちわかるけども。

 私はまた果実水を一気のみしたところで、ようやく落ちつけた。そしてゲロ隠しとして、草をむしりとり、ゲロに被せていく。まあ、こうしておけば鳥とかが食ってくれるでしょ。想像したらまた気持ち悪くなった。


 「じゃあ、おにーさん。おえっ、先生のところいこっか」


 ぐぇ、と変な息を漏らしながら、ゲロって疲れた体に鞭を打って立ち上がる。胃のあたりを擦りながら歩き出せば、男の人が背中の腕で私の手を掴んだ。人間の手とは違う暖かみのない感触、そんなものが人間の背中から生えていることが恐ろしくて鳥肌が立った。


 「また嘔吐されたら不快だ。もう少し休め」

 「まじ?! おやすみなさーい!」


 ゲロから離れた位置に、制服が汚れることなんて気にせずに地面に大の字になる。土のにおいがくせぇ~! でも横になったらすぐにうとうとしてきた……。ほら、今日の授業は珍しく全部起きてたからさ……。


 「一時間ぐらいしたら起こして~」


 手をひらひらしてカルロにそう頼んで、目を閉じる。お~やすみ~。

  

 「おい、誰が寝てもいいと言った。一時間も待てと言うのか?」 

 「俺も呼び出しで疲れたし寝よ。シャルル、お前追々試だってよ」

 「まじ?!」


 カルロの言葉に一気に眠気が吹き飛び、ついでに飛び起きる。すると隣に寝転がっていたカルロが「おう」と言った。


 「じゃ、おやすみ」

 

 それだけ言うと、カルロは狸寝入りだろって言いたいぐらい早く落ちるように眠りに就いた。おい、ちょっと、詳細教えてよ……。私なんも言われなかったじゃん!


 「……ま、いっか! 寝よ寝よ!」


 しばらく呆然としていたけれど、今考えていても仕方がない。明日とかでもなんとかなるっしょ。私は気持ちを切り替えて、今後こそ寝ることにする。ゆっくりと呼吸をすれば、私も沈むように眠りに落ちていく。


 「だから何故貴様たちはそうまでして人の話を聞かない」

 「おにーさんも寝よー」

 「…………仕方がないな。一時間経ったら頭を砕いてでも起こす」

 「おやすみ~」


男の人も寝るのかな? まあもう私は寝るのでどうでもいいけどね。



 耳をつんざくようなサイレンの音で私の意識は覚醒する。どうやらいつの間にか私も小娘たちのように眠っていたようだ。ゆっくりと目を開ければ、そこは緑が生い茂る林のなかではなく、見慣れた薄暗くコンクリートでできた壁の、私の自室だった。

 これは一体どういうことか。私は自分の身に起きたことが上手く処理できず、先程までの非現実的な時間を思い出す。つまりはそういうことなのか。

 理解した私は息を吐き、額に手をつく。しばらくそうしていると、金属のドアを叩く音が四回した。


 「千手様ー、出撃っすよ!」

 「今日もよろしくっす!」


 駄犬の知性も品性もない声がドア越しに聞こえた。私は舌打ちをして返事をすると、間抜けな悲鳴がして駄犬が走っていく足音がした。

 目を閉じて、あまりにも現実味を帯びていたあの世界を思い出す。


 「あぁ……」


 あの花の蜜の甘さも、木の実の酸味も、吹き抜ける風の心地よさも、全て、なにもかも――

 

 「なんて悪夢だ」


 それなら私の話ぐらい、大人しく聞いておけ。

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ゆめゆめうつつと思わない しろた @shirotasun

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