第24話 大丈夫なわけがない

「お疲れ様」

「いえ、虹山さんの方がお疲れでしょう」

「私は身体的な疲れ、加賀くんのは精神的な疲れ。厄介なのは後者だと思うよ。だから、お疲れ様」


 全く、理想の上司だ。

 これで俺より4歳は若いと言うのだがら、自分の未熟さが嫌になる。まあ、年齢で評価基準を決める考え方は古いから気にしなくて良い気もする。

 たとえ、虹山さんが5歳児だったとしても俺は依存していただろう。


「きらりちゃん、加賀くんに会いたがってたから行ってあげな」


 虹山さんは、当たり前のように板垣きらりを無力化していた。しかも、能力を使わずに。

 あの能力を使ってしまうと、相手を殺すまで止まることができない。よって、生きたまま保護する今回の仕事では禁止されていた。

 そんなハンデがあっても勝ってしまうのだから、基本的な身体能力の大切さを教えてくれる。童顔でなかったら体育教師として潜入してほしかったくらいだ。


 そして、今現在、板垣きらりは応接間に軟禁されている。


「‥‥‥この姿で大丈夫ですかね?」

「あぁ。‥‥‥大丈夫じゃない?知らんけど」


 世界一信用できない言い方だ。

 普通に考えて、大丈夫ではない。

 突然、見知らぬ場所に連れて行かれて、唯一の知人に会えたと思ったら性別が変わっているのだ。パニックにならない方がどうかしている。


 これだから、嘘ってのは厄介だ。

 周り回って、自分の首を絞めることになる。

\



「優子先生のお兄さんですか?」


 応接間に入るなり、キョトンとした顔でそう聞かれた。


 あまりに都合が良い勘違いをされて、手嶋夏美をこの手で殺す時すらしなかった動揺をしてしまった。


 こんな、一昔前前のライトノベルみたいな勘違いをされるとは予想していなかった。


 どうする?


 これに乗ってしまったら、一生嘘をつき続ける覚悟をしなければならないリスクがある。しかし、メリットもある。手嶋夏美の行方を知っているであろう「優子先生」の存在をはぐらかすことができる。


 どっちを取る?


 楽なのは嘘をつく方だ。でも、先程嘘のしんどさを再認識したばかりなので、これから巻き起こるであろう面倒ごとを考えるとウンザリする。


 ‥‥‥よし、分かった。

 約1ヶ月の間、女装し続けたんだ。今更バレたところで痛くも痒くもない。


 心配なのは板垣きらりのメンタルだが、この女はそれくらいで打ちのめされるタマか?

 負けたとは言え、虹山さんと一線交えた女だぞ。

 俺なんかの性格で精神に影響が出るなんて、自意識過剰も良いところだ。


「‥‥‥ちょっと待ってて」


 一度退出して、メイク道具を持ってくる。


「‥‥‥」


 いきなり現れて、いきなり退出して、いきなりメイク道具を持ってきた男に、板垣きらりの警戒レベルが上がる幻聴が聞こえた。

 チャリンチャリン、と。


 この任務の間、毎朝やっていたメイクをする。もう慣れたもので20分もあれば「優子先生」に変身することができた。


「えっと‥‥‥こういうことなんだけど」


 ある程度の罵詈雑言を覚悟して、板垣きらりと向き合う。


「女装男子だー!!!!!」


 しかし、流石は大人の予想を上回ることに定評のある女子高生。その反応は歓喜だった。


「え!?初めて見た!っていうかメイク上手じゃないですか!?今度教えてくださいよ!」


 キラキラした目でそう捲し立てる板垣きらりは、どこからどう見ても青春真っ只中の女子高生だった。


 まあ、もう学校には戻れないけど。

 

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