第21話 人間らしい顔

 着替えてこいとは言われたが、まずは頼れる味方と合流しようと虹山さんを探す。


 2年4組の外は閑散としている。みんな避難したのだろうか。

 当てもなくウロウロしていると、聞き慣れた女性の声が聞こえてきた。


「うわ。エロいな」


 それなりに満身創痍な後輩を見た虹山さんのセリフである。


「なんか、女騎士がゴブリンにアレされる時みたい」


 若い女性が人を選ぶ18禁同人誌の文化を知っていることに興奮した。加えて女装している俺を見た上での感想だ。新しい扉が開きそうな予感がする。


「いや、そんなんはどうでもいいんですよ」


 だが、少しは残っていた仕事に対する責任感から、話を本筋に戻す。


「板垣きらりを任せてもいいですか?」

「うん。それなりに強いっぽいし私が適任でしょう」


 人によっては傲慢に聞こえるかもしれないが、裏を返せばここまで調子に乗れるくらいの実績があるからこその発言だ。


「ありがとうございます。俺は手嶋夏美をなんとかします」


 この事態の中心人物。しかし、その心の内は未だはっきりしない女。

 今までは裏で支配していたんだろうが、今回は逃がさねーぞ。

 黒幕ってのは最後に惨めに散るために存在するんだから。

\



「着替えてないじゃないですか!」


 2年4組の教室に戻った俺を出迎えたのは、悲鳴に近い板垣きらりの声だった。


「視線をどこに向けたら良いか分からないんですって!私女なのにドキドキして集中できないんです。頼みますから着替えてきて下さい。その純白の下着を隠して下さい!」


 目を覆っている板垣きらりは、何かの罠かと思うほど隙だらけだ。

 まあ、棚からぼたもちってのは、いきなりやってくるから感謝されるのだろう。今、虹山さんと考えた作戦を実行に移すべきだ。


「[虹山愛と加賀深夜の位置を交換しろ]」


 俺の能力強い意志で欲を口にしなければならないため、いつもは声を張り上げているが、今回は板垣きらりにバレないで使う必要があった。

 だから、ボソボソ声になる。気持ちは込めたつもりだがどうだろう?


[‥‥‥承りました。虹山愛様と加賀深夜様の位置をトレードします。代償は寿命1年です]


 成功。


 フッと視界が歪み、頭痛がしてきた。

 不快な感覚に思わず目を瞑る。慌てて瞬きすると、さっきまで女装男子(28歳)のパンツに真っ赤に照れていたピュアな女子高生はいなかった。

 代わりに、可愛げのない眉間に皺を寄せている地味な女子の姿があった。


「初めまして」


 2年4組で授業を何回かしているので初対面ではないが、あえてそう挨拶した。

 今向き合っているのは、まるで他人事のように世界を見ていた女ではなく、1人の人生のプレイヤーとして立っている手嶋夏美だったから。


「‥‥‥きらりに勝てないからって交代?男のくせに恥ずかしくないの?」


 もう状況を把握している。やはり賢いな。

 でも、その挑発は意味がない。


「人に頼ることを恥ずかしいとは思わない」

「情けない奴」


 そう言う手嶋夏美は軽蔑の眼差しを隠そうともしない。

 まあ、お互い様だよ。


「俺もお前が嫌いだからな」


 あ。ヤベ。声に出てた。

 顔を真っ赤にした手嶋夏美が突進してくる。

 怒りはもちろん、羞恥や不安が感じ取れる。ほんの少し喜びもあるか?


 なんだ。

 まだ人間らしい顔できるじゃねーかよ。

 

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