第19話 殺し合いは免れない

「はい。席に着いて下さい」


 そう言うだけで、2年4組のみんなが次々と席につく。

 すごいなぁ。

 俺が通っていた高校では、昼休み開けの5時限目の数学の授業を始めるには3分ほどの時間がかかっていた。


 若い人は全員、反抗してくるという偏見を改める必要がありそうだ。あの高校の同級生達とこの人達は違う。そんな当たり前のことにここ数日で気づかされた。

 俺の拙い説明も、みんな真面目に聞いてくれている。


 あの手嶋夏美も。


 昨日、虹山さんに聞いた話から少し興味が出ていた。

 自分のために他人を踏みにじることができる人間。

 俺自身がそうだから、同類の出現に気分が良くなっていた。

 スムーズに授業が進むことも手伝って、俺は上機嫌だった。


 この女子高潜入捜査も、もう終わりに近い。

 当事者の板垣きらりは怪異科で保護できた。今頃、菅野さんにお菓子で餌付けされていることだろう。

 板垣きらりの能力の解析も勧められているし、使えそうな能力だったら一緒に仕事をすることもあるかもしれない。


 後は、手嶋夏美を引き込めれば完璧だが、この人の能力は使い終わっている。そのことから上層部は「保護してもしなくてもどっちでもいい」と雑な指示しかない。

 今日活動して無理だったら切り上げても、文句を言われないだろう。

 そんなフワフワした気分でいたから、油断していた。


 ガラリッ。


 授業中に乱入してきたのは、怪異科にいるはずの板垣きらりだった。


 なんだ?逃げ出したのか?菅野さんは何をしている?なんで自分の教室ではなくこっちに来たんだ?


 疑問が脳内を支配しかけた。

 しかし、明らかな異常事態だ。そんなことを考えている場合ではないと本能が語る。

 瞳孔が開いているのかと思うほどの目力で俺を凝視する板垣きらり。


「優子先生‥‥‥ごめんなさい。でも、夏美ちゃんのためだから。こんな私に優しくしてくれたのに本当にごめんなさい。許してもらおうなんて思いません。私を憎んで下さい。せめて、天国にいけたらいいな。優子先生は優しいから大丈夫か。私は地獄行きだろうからもう会えないね。嫌だ。嫌だよ。でも、先生を殺さないと夏美ちゃんが危ないから」


 小さい声でブツブツと言っているが、辺りが静かなので一語一句聞き取れる。突然、危険人物が現れたから、みんな刺激しないように口を閉ざしているのだ。

 下手に動かない辺り、やっぱり賢い人達だ。


 ふと、その賢い生徒達に混ざる異常者、手嶋夏美に目を向ける。

 彼女は、薄ら笑っていた。


 その笑みは、嗜虐趣味に溢れた下品な笑みだった。 変態と罵られるかもしれないが、その表情に興奮してまう。


 真面目そうな顔と、きっちりと着こなしたセーラー服とのギャップが堪らない。


「優子先生、死んで!」


 そんなリビドーなどお構い無しに、板垣きらりは攻撃をしかけてくる。


 はぁ。

 今回も殺し合いは免れないのか。

 

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