第18話 虹山さんが不機嫌な理由
寝たか。
袖を掴む手が緩み、ダランとベッドの上に右腕が落ちた。
30分。思ったより早かった。
ゆっくりその場を離れて、おばあちゃん先生に小声で礼を言ってから保健室から退出する。
「お疲れ様。女たらしさん」
扉のすぐ近くに、虹山さんが壁に寄りかかって立っていた。
「なんですか。それ」
意図せずに、不満げな声色になってしまう。
仕事に感情などいらないとか偉そうなことを言っておいて情けない。
「まあ、今回は女性の姿だから前ほど厄介なことにはならないのかな。加賀くんのその特性って基本的に役に立つけど、たまにとんでもない事態を引き起こすから気をつけてね」
なんだろう。今日の虹山さんは感じが悪い。
まあ、人間なのだからいつでも天真爛漫ってわけにもいかないだろう。
ちょっと傷ついたが、相手は上司だ。これ以上怒らせないように機嫌をとっておこう。
「そうですね。気をつけます。いやー、虹山さんのアドバイスは毎回参考になります」
「‥‥‥」
言ってから、自分でもこれは違うと思った。
なんだこの舐めた言い方は。
ほら、虹山さんがすごい顔でこちらを睨んでいる。美人の怒った顔は唆るものがあるが、今は気まずさの方が勝つ。
「‥‥‥いや、私が悪いな。ごめん。八つ当たりしちゃった」
眉間に皺がよったままで謝罪しているのがちょっと面白い。
「珍しいですね。虹山さんがそこまで怒るのって」
常に笑顔を絶やさない虹山さん。普通に明るいからってのもあるが、彼女が笑顔を浮かべるのには別の理由がある。
自己防衛のためだ。
朗らかに笑っている人間は、嫌われにくい。
笑顔でいれば周りも笑顔になる。逆に、不機嫌そうな顔をしていたら相手も不機嫌になる。結果、要らないトラブルに巻き込まれるのだ。
「手嶋夏美。あの子は取り返しがつかないかもしれない」
\
虹山さんの話を要約すると、こういうことだ。
板垣きらりの親友である手嶋夏美は、昔からいじめられっ子だった。
その年数、11年。
小学一年生からずっと、いじめを受け続けている。
最初のいじめは、手嶋夏美の生命まで脅かすレベルまでいったらしい。
しかし、彼女は「逃げる」という生き残るには重要な選択ができる賢い人間だった。
親に頼んで転校させてもらった。
彼女は思っただろう。新しい学校であんな奴らより優しくて面白い子達と仲良くなるんだ。と。
その希望は打ち砕かれた。
再びいじめの標的にされたのだ。
前の学校と同じような、派手な見た目をした生徒に、殴る蹴るなど、好き放題にされた。
仕方ない。ここも私の居場所じゃなかったんだ。
そう見切りをつけて、再度転校した。
しかし、そこでもいじめられた。
転校を何度繰り返しても、結果は同じだった。
絶対に誰かが私をいじめてくる。
まるで、ループしているかのようだ。
教室の雰囲気や校庭は間違いなく変わっている。でも、同じような内容のいじめは繰り返される。頭がおかしくなるのに時間はかからなかった。
6回目の転校が失敗に終わった頃、彼女の中でこのような考えが浮かんだ。
「そうだ。やられる前にやればいいんだ」
何をやるのかは、わざわざ記載する必要はないだろう。
彼女は考え続ける。どうしたらやれるだろう。
結論はすぐに出た。
強者を味方につけることだ。
ただの味方じゃ足りない。私が苦しんでいたら苦しんで、私が笑っていたら一緒に笑ってくれる、絶対的な味方が必要だ。
彼女の能力が覚醒したのは、15歳の夏休み。
1人だけ、意図的に己のストーカーにできる能力。
歪んだ自己顕示欲を持った彼女らしい能力と言えた。
そして、その能力の対象として選ばれたのが、さっきまで俺のスーツの袖を掴んでいた板垣きらりなのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます