第17話 仕事に感情はいらない
吐瀉物の処理を終えて、板垣きらりを保健室に連行していた。
板垣きらりは、何故か俺のスーツの袖を掴んでいる。
若干歩きにくいが、やめろと声に出して言うほどのことではないので放っておく。
俯いているので分かりづらいが、少し顔が赤いように感じる。発熱している可能性がある。保健室に着いたら、まずは検温してもらおう。
もうとっくに集会は終わっていて、放課後に突入しているようで、辺りには、チラホラと生徒の姿があった。
学校指定のジャージや、胴着やテニスウェアに身を包んだ若い人間達は、より強くなるために部活へと向かっている。
その活力に当てられて、目眩がする。
やっぱり、学校という場所は俺を苛む光景が多すぎる。
そんなことを考えているうちに、保健室につく。
「すみません。ちょっと貧血気味みたいなので診てあげてくれません?」
「もちろんどうぞー」
そこにいたのは、失礼ながらおばあちゃんと呼ぶべき老いた女性だった。
しかし、彼女の処置は素早い上に的確て、5分も立たないうちに診断は終わる。
「ストレスによる吐き気かな。一応、それ用のお薬あるけど飲む?」
「‥‥‥いい」
おばあちゃん先生と目を合わせずにそう答える。
まあ、別に薬なんか無理に飲むことないけど、断る理由もいまいち分からない。副作用みたいなものを気にしているのだろうか?
「そっか。じゃあベッドで横になってていいよ」
礼儀がなっていないギャルにも優しく声をかけてくれるおばあちゃん先生。この人に任せておけば間違いなさそうだ。
ベッドへと移動する。
どうでもいいが、俺は保健室のベッドで熟睡できたことがない。というより、旅行先や漫画喫茶でも寝れた試しがない。
不眠症の原因の1つに、寝室を「安らげない場所」だと思ってしまっているからという説がある。その説を信じるとすれば、自宅以外ではリラックスできない身体らしいと推測できる。
板垣きらりも、おばあちゃん先生という他人がいる環境でスヤスヤ寝れるほど精神は太くなさそうだ。
たぶん眠れないだろうけど、横になって目を瞑っているだけでも休息は取ることができるらしい。
俺の役割はこれで終わりだ。
その場を離れようとしたが、板垣きらりが袖から手を離してくれない。
「えっと、私もういくね?」
少しだけ力を入れて振り払おうと試みるが、意外なほどの握力により失敗に終わった。
「‥‥‥」
「‥‥‥はぁ」
諦めた。
この人は、お偉いさんからのお気に入りである女子高生だ。あまり攻撃的なことをして敵に回したら面倒くさい。
「はい。これどうぞ」
一部始終を見ていたおばあちゃん先生が、パイプ椅子を差し出してくれる。長期戦だろうから座れるってことだろう。
「ありがとうございます」
腰を下ろす。
座るということは、この場に留まる証明でもある。
安心したのように、板垣きらりは目を閉じた。
さて、多少トラブルはあったが操作対象と接点を持つことができた。虹山さんに報告しなければ。
空いていた左手でスマホを操作する。利き手ではないから文字を打つのに四苦八苦しながら文書を作成して送信する。
<板垣きらりを確保しました>
シンプルなメッセージ。
我ながら冷たいとは思う。
馬鹿な俺でも、この人が懐いてくれていることは分かる。でも、あくまで仕事のための人間関係。
無駄な感情は削ぎ落とさなくてはならない。
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