第16話 全部出しちゃいな
長い自分語りを終えた俺は、喉のケアをするためにポケットから喉スプレーを取り出して3回喉に発射する。
咄嗟に能力を使う必要に迫られた時に、声が掠れて発動すらしませんでしたなんてマヌケなことにならないためのケアだ。
「‥‥‥」
その間も、板垣きらりは無言だった。
割と頑張って話したから何かしらの感想が欲しいものだけど、俺が勝手に語り出しただけだから、そこまで求めるのは強欲ってやつだ。
相手の秘密を知るには、まずは自分の恥ずかしい過去を語るべきだと思ったが、気持ち悪すぎたか。
仕方ない。体育館に戻ろう。
「同じ」
立ち上がりかけた瞬間、小さな声が聞こえた。
小さいが、難なく聞き取れる不思議な声だった。
「アナタと私は、同じ」
童貞が嫉妬して人を殺した話に、この娘は共感している。
「私も、あの2人を‥‥‥。だって、アイツら夏美に酷いことを‥‥‥!私は悪くない私は悪くない私は悪くない私は悪くない私は悪くない」
同じ台詞を繰り返すことで精神を落ち着かせることは、俺の経験上、それなりの効果がある。
しかし、板垣きらりの場合はあまり上手くいっていない様子だった。段々息が荒くなっていき、その場に蹲ってしまった。
無学な俺でも、この症状は知っている。過呼吸だ。
さて、どうしたもんか。保険の先生を呼ぶべきなのだろうが、この状態の彼女を1人にするのにも不安が残る。
セクハラにならないかハラハラしながら、板垣きらりの背中をさする。うっかり壊してしまわないと恐怖を感じてしまうくらい細い身体に、吐き気が催した。
あの日の殺人以降、人の温もりが苦手になっていた。
虹山さんでさえ例外ではない。人間に触れると、たとえ好意を抱いていても体調が悪くなる。
吐き気に始まり、頭痛、倦怠感、最後には全身から力が抜ける。
しかし、目の前の女子高生は、俺よりもしんどそうだったのでさすり続けた。
優しさというよりも、自分よりも辛そうな奴がいる安心感による行動だった。
人殺しの俺には優しさなんていう素晴らしい感情を持つ権利はない。
2分ほどさすり続けた頃だろうか。
「‥‥‥ヴぉロろろロぅ」
板垣きらりが吐いた。
それなりの勢いだったので、吐瀉物がスーツにかかる。
「ご、ごめ、ごめんなさい」
青白い顔をして謝る彼女の背中を、さすり続ける。
「謝らなくて良いから。全部出しちゃいな」
こういう時は胃液が出るくらいに吐いてしまった方が良い。嘔吐するということは身体が胃のなかのものを拒絶しているわけで、我慢しても別の形で健康を害する。吐くだけで健康になれるのなら、それは最も効率の良い医療行為だ。
それからは、タガが外れたのか、さらに吐き続けてくれた。
「‥‥‥ハー、ハー、‥‥‥はー」
一通り吐き終えたらしい。
俺は近くのトイレに行き、ビニール袋やビニール手袋などを調達してから板垣きらりの元へと戻る。
「よいしょ」
さすがにこのままだと教頭に怒られそうなので、ビニール手袋をして吐瀉物をむんずと掴んで袋に入れる。
「え!?」
何故か板垣きらりが驚いていたが、一旦無視して掃除を続けた。
まあ、吐けと薦めたのは俺だ。
これくらいの後始末はさせてもらおう。
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