第15話 正真正銘のクズ

 性欲。

 三代欲求に数えられるのだから、馬鹿にするなと優しい人は言うだろう。


 俺もそう思う。

 しかし、それは周囲に迷惑をかけないレベルまでだ。

 食欲と睡眠欲もそうだろう。

 無銭飲食してはいけないし、道端で寝ていては通行の邪魔になる。法律やルールは、人が人でいるためにあるのだ。


 もちろん、所詮は人間が作ったものだ。矛盾はある。だが、ここで重要なのは、「法律やルールを守ろうとする心構え」だ。

 ある程度の締め付けがあるから、人は人でい続けられる。これを三代欲求だがらといって破る奴は、世間から排除される。


「ア!‥‥‥アァァァ」


 社会準備室の中から、女性の喘ぎ声と鼻息の荒い男の呼吸が聞こえてくる。

 社会準備室で無理矢理性交している田無も、その例から漏れないだろう。


 鍵をかけ忘れるという、致命的なミスをやらかした田無はもうこの学校にはいられないだろう。

 俺が取るべき最も賢い行動は、このまま理事長やら校長やらに報告してしまうことだ。


 しかし、前にも述べた通り、俺は馬鹿な上に愚か者だ。そんなベストな選択を取れるおつむは無い。


 扉を少し開ける。


 未経験の男子高校生にとって、そこは恐るべき光景が広がっていた。


 もちろん、観れる年齢には達していないくせにAVを観たことはある。その映像には、男が喜ぶ身体と設定があり俺を束の間の楽園へ誘ってくれた。

 ところが、目の前で繰り広げられる現実の性交は、生々しく、気持ちの悪いものだった。


 二匹の生物がぶつかり合っている。

 性交を見た感想として色っぽさに欠ける表現だが、仕方がない。何故なら、あれを目の当たりにした俺の下半身はピクリとも反応しなかったからだ。

 普段なら、性と全く関係ない授業中にも勝手に反応する厄介なアイツは沈黙を保っている。


「ア、アアァぁ、ア‥‥‥」


 翔子さんの喘ぎ声には、一種の喜びを感じ取れた。


 お互い、意味のある言葉は一切喋らずに、一心不乱に相手と一つになろうとしている姿を覗き見している俺の心は冷えていた。

 例えるならば、興味のないYouTubeの広告を観ているような感覚。どうでもいいから早く終わってくれと思う。


 しかし、そこで気づく。


 何も終わるまで待つ必要はない。強制的に終わらせて良いんだ。YouTubeの広告だって、プレミアムとやらに入れば観ずに済むらしいじゃないか。

 俺は、ゆっくりと社会準備室に入った。


「な⚪︎だ⚪︎前!」

「加⚪︎⚪︎君!⚪︎うの⚪︎れは!」


 突然の乱入者に気づいた2匹の獣は、何か言っていたが、例によって言葉の虫食いによって、こちらまで意味は届かない。


 とにかく、このイベントをスキップしたい一心で、オスの顔面を殴った。


 怒りや悲しみなどの感情とは関係なく、ただ拳を振り下ろす動作を続ける。相手を人間だと失念している状態では、手加減ができなかった。

 気づけば、オスは絶命していた。


 ‥‥‥オス?


 違うだろう。己が通う高校の教師だろう。人間だろう。

 そんな、あまりにも遅すぎる気づきを得た。


 両手には大量の血液。この生温かい液体の感触に、生き物を殺したのだと自覚する。


 能力も使わず、素手で、自分の意思で人を殺した。

 あの能力のせいで自分の性根が曲がったのだと考えていたが、それは勘違いだったらしい。


 加賀深夜とは、その場の気分で人を殺すことのできる正真正銘のクズだった。

 

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