第14話 格好つけて人を殺す
「‥‥‥何?あんた人殺しなの?」
俺が話している間、爪をいじったり軽く目を瞑っていたりして、ちゃんと聞いているのか不明瞭だった板垣きらりが、やっと合いの手を入れてくれた。
なんだ、聞いてないふりしていただけか。
やっぱり、悪ぶっているが根が真面目な人らしい。
「うん。必要に駆られた殺しならやってきた」
「‥‥‥ふーん」
それだけ言って、再び爪をいじる作業に戻る板垣きらり。
こんな態度だが、聞いているらしいことが分かっている今、なんとなく可愛く見えてくる。
例えるなら、小さな子供がアニメの悪役の真似をしている時のような愛おしさ。
もはや、悪役ですらない、ただの悪である俺からしてみたら、おままごとをしている小さな女の子と同等に思える。
視線はこちらに向けないが、ソワソワと話の続きを待っているのが伝わってくる。
彼女の期待に添える話ではないことに申し訳なく感じながら、思春期の失敗の物語を再開する。
これは、クズがクズだと自覚するまでの物語だ。
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俺は翔子さんを「翔子先生」とは呼ばなかった。
理由を理路整然と説明するのは難しい。司書さんだって教員として雇われているのだから、先生と呼ぶのが筋なのはクズで馬鹿な俺にも理解できていた。
しかし、俺は頑なに翔子さんと呼び続けた。
今から思うに、先生という距離を感じてしまう敬称で呼びたくなかったのだと思う。
この時点から惚れっぽい俺は、年上のお姉さんにガチ恋していたのだ。
「翔子さん、それはさすがに1人じゃ無理ですって。手伝いますよ」
6人は座れるであろうサイズのテーブルを1人で運ぼうとしている翔子さんに、俺は声をかける。
「そう?じゃあお願いしようかな」
偏見も甚だしいだらうが、女性は男性に力仕事を任せる傾向にあると思っている。
もちろん、そこら辺の男なんぞより力持ちな女性もたくさんいるだろうが、平均的な筋力の女性は男にやってもらうイメージがある。
別に批判しているわけではない。むしろ、無理して怪我をするより全然良いと思っている。
男女平等を掲げるのは良いことだが、生物としての特徴を無視して男と同じ量の力仕事を強制する意味はない。
机の端と端を2人で掴む。
わざと、後ろ向きで歩かないといけない側を選んだ。
こんなことくらいで良い奴を気取っていては、本当の善人に笑われてしまうだろうが、善いことをしたという充実感に、俺は酔っていた。
「助かったよ。ありがとう」
面と向かってお礼を言われたのは、ずいぶん久しぶりだった。
中学生までは、カルマに言われることもあったその言葉だが、別々の高校に進学してからは、とんと合わなくなっていた。
お互い、理由もないのに会う約束ができるほどコミュニケーション能力は高くない。会わない時間が積み重なってくると、本当に友達だったのかもあやふやになってきていた。
さらに、お世辞にも偏差値が高いとは言えないこの高校に進学してからは、友達の作り方を完全に見失っていた。
何を話しているのか分からないのだ。
これは、脳のレベルが違うから会話が成立しないとかいう、いけ好かない話ではない。
虫食いのように、同級生達のセリフが飛んで聞こえる。
話のテーマくらいは推測できるが、内容までは分からない。
そんなストレスに耐えきれなくなり、俺は友達作りを諦めた。
「君は思ったより良い奴だね。明日も来てくれると嬉しいよ」
「まあ、暇なら」
間違いなく明日も暇なくせに、そう返事する。
この人の前では格好つけたかったのだ。
そう。格好つける。
初めて自らの意思で人を殺した理由は、好きな人の前で格好つけたかったからだ。
「上原先生、少しよろしいでしょうか?」
「あ‥‥‥。田無先生」
現れたのは、2年生に歴史を教えている40代半ばほどの男の教師だった。
「加賀くん。ちょっと行ってくるね。君もちゃんと授業に出なよ」
そう言い残して去っていく翔子さんの後ろ姿に見覚えがあった。
‥‥‥そうか。
姉さんが鬱病になっても仕事に行くために玄関を出る後ろ姿だ。
「‥‥‥」
1人、取り残された図書室で考える。
確証はない。
憶測でしかないが、翔子さんを姉さんのような目に合うかもしれないと、俺は2人の跡をつけることにした。
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