第11話 愚か者

 労働というのは、どんな職場であれ精神が削れるものだ。

 怪異科でも人の悪意に向き合って、心が疲弊していくけれど、教員という仕事も負けず劣らずしんどい仕事だった。


 エネルギーがみなぎっている若い人間を狭い教室に閉じ込めることを強いることに、申し訳なさを感じてしまう。

 勉強なんぞ、どこでもできる現代社会では、学校という場所は集団生活に慣れるための訓練施設の役割が多くを占めていると思う。


「えー。で、あるからにして、皆さんも日々考える習慣を作り、意義のある生活を送って下さい。若いうちは色々なことにチャレンジしてもらい……」


 大人である俺も、さっきから同じような話をグルグル話している校長に殺意が芽生える。

 5時限目を使ってする意味がまるで無い時間に、みんなが耐え続けている。


 これを耐えることで、「やりたくない仕事をやり続ける」大人になることができる。世の中は、そういった人達に支えられているのだ。

 居眠りをしながらも、そこに立ち続ける生徒達も、社会の一員になれるだろう。


 キュッ。

 体育館履きで移動する時特有の音が聞こえる。

 板垣きらりだ。

 彼女は、その訓練からドロップアウトしようとしていた。


「おい!まだ集会は終わっていないぞ!」


 体育教師の注意を完全に無視をして、体育館から出てくる。

 ザワザワする生徒達に静かにするように怒鳴る体育教師は忙しそうだ。


「あの、私が板垣さんを追っても良いですか?」

「え?あ、はい!ありがとうございます!」


 若者に偉そうに怒鳴っていた体育教師は、俺に対して急にヘコヘコする。

 こいつ、俺のこと狙ってんな。気持ち悪りぃ。


 女装をしている影響からか、興味のない男からの好意の気持ち悪さに気づいてしまった。

 下心丸出しの笑顔に見送られながら、俺は社会のレールから外れようとする愚か者の跡を追った。

\



 人の気配が薄い学校に気持ちが不安定になってくる。

 静かな場所は好きだが、普段人が集まっている場所が閑散としていると、みんなが俺だけを置いて手が届かない場所に行ってしまったのではないかという焦燥感にかられる。

「‥‥‥フウ‥‥‥フウ‥‥‥」

 走ってもいないのに息が切れていた。


 そんな中、グラウンド前の部室棟にもたれかかって座っている板垣きらりを発見してホッとしてしまった。

 敵に会って安心するなんて、捜査官として失格だな。


「……」


 黙って隣に腰を下ろす。

 話せるチャンスだと思って追いかけてみたが、どうやって会話の糸口を見つければ良いのか分からない。

 まさか、いきなり本題に入るわけにもいかないし。


「……」

「……」


 気まずい時間が過ぎる。その沈黙を破ったの板垣きらりだった。


「……何?」


 こうして俺なんかに話しかけてくれている時点で根の優しさを感じる。

 俺を高校時代に虐げていた女子高生達はこんなものではなかった。俺のような影のあるタイプを人間扱いしない悪魔を経験している俺にとって、板垣きらりは恐怖の対象ではなかった。


 数と勢いで何人もの同級生を不登校へと追い込んでいた連中と比べると、この人は甘さを捨てきれていない。


「貴女の話を聞いてみたくて」

「は?」


 初対面の教師にこんなことを言われた場合の正しい反応だ。でも、こっちだって仕事だ。ここで引き下がるわけにはいかない。


「じゃあ、私の話を聞いてくれる?」

「……勝手にしたら」


 相手のことを知りたいなら、まずは自分を知ってもらう。

 自分語りをするのは苦手だが、有安に詰問された時よりは気持ちが楽だ。

 さて、高校時代の話でもしてみようか。

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