第9話 キムチチャーハン・カレーうどん・麻婆豆腐丼
人に教えるには倍理解していないといけない。
本当にそうだと実感する。
学生時代から数学だけは得意だったが、解くのと教えるのでは、脳の使い方が全く違う。
教科書を読み上げるだけなら誰でもできる。俺なりに分かりやすい説明ができるように、昼休みも職員室で自作のノートと睨めっこしていた。
集中していたつもりだったが、教員同士の会話も聞こえてくる。
「まだ小崎と佐藤見つかってないんですって?」
「はい。警察も必死で探してくれているんですけど‥‥‥」
「これだけ探して見つからないって、もう‥‥‥」
「やめて下さいよ縁起でもない」
いや、その教職員の予想は合ってますよ。
今朝も、その2人の無惨なご遺体の画像を見てきましたから。
「優子センセー、一緒にお昼食べよー」
すると、自己紹介から何かと絡んでくる3人組が果敢にも職員室に突撃してきた。
スゲーな。俺が学生の時なんか、職員室なんか近づくのも嫌だったぞ。
他の教員達も慣れているのか、注意する者はいない。寛容なのか仕事に情熱が無いだけなのかは、まだ分からない。
「ほら!行こ行こ!」
その中でもリーダー格らしき生徒‥‥‥古市圭さんが腕組みをして俺を連行する。
同性だからと油断しているのだろうが、胸が少し当たっている。
こういう場合、欲情よりも危機感が勝る。
もし、俺が男だとバレたら殺されるかもしれない。
この年頃の人間の情緒の揺れは、舐めていたら痛い目を見る。
\
「板垣きらりさんって、どんな子か分かる?」
学食でキムチチャーハンの大盛りをかき込んでいる古市圭さんに、今回の標的について聞いてみた。そういえば、これが本題だったと思い出したのだ。
「あーね。きらりちゃん可愛いよね!あれで私と同じ生物だっていうんだから嫌になっちゅうよ」
「そんな卑下するほど古市さんの顔は悪く無いよ」
一瞬、沈黙が流れる。
やってしまった。何かしらのミスをしてしまったのだ。
情報通っぽいこの生徒達を味方につけたかったが、早くも敵になってしまうかもしれない。
しかし、3人はプッと笑いだした。嫌な笑い方ではなく、面白いと評判の動画を観た時のような快活な笑い声だった。
「優子センセー、オモシロ系だったかー。早めに友達になっといて良かったー」
幸いにも、まだこのグループからは排除されないで済みそうな雰囲気に安堵する。女子を怒らせたら学校生活なんか一瞬で終わるからな。
「アハハ。で、板垣きらりさんについて、何か知ってることある?」
「んー。私はあんまり喋ったことないなー。クール系だからね」
クール系と表現していることに、古市さんの優しさを感じる。早い話がぼっちなのだろう。
ぼっちがロックバンドを組むアニメが大ヒットしたが、現実ではぼっちはぼっちのまま青春時代を終えることがほとんどだ。
「あ。でも、1人だけ板垣さんとよく話してる子がいるよ」
そんな聞き捨てならない情報を口にしたのは、カレーうどんがセーラー服に跳ねないように細心の注意をしながら食べていた鍵村杏奈だった。
「あ、なんかいたねー。えっと4組の手嶋さんだっけ‥‥‥クシュンッ。」
さらに、選んだ麻婆豆腐丼が予想以上に辛かったらしく水をがぶ飲みしていた椎名綾香だった。
辛すぎて鼻水まで出てしまっている。
「辛い時に水を飲むのは逆効果ですよ。温かいお茶を持ってきますね」
重要人物の名前まで教えてくれたお礼をしたかったので、俺は立ち上がって自動販売機に向かう。
食堂は混んでいて、人混みとぶつかりながら懸命に進む。
ドンッ。
だから、明確な悪意を持ってぶつかってくる人間もいる。
「夏美に変なことしたら、許さないから」
そのハスキーボイスの声の主を確認することは人混みによって叶わなかった。
だから女子高生潜入捜査なんか嫌だったんだ。
あの手のタイプを相手にするのは、骨が折れるだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます