第7話 人を殺したかもしれない
[承りました。渡辺新一様の生命を奪います。代償は、8年の寿命です]
頭の中で響いたその声の意味が分からなかった。
(何だったんだ?今の‥‥‥?)
軽く頭の心配をしていたら、前を歩く騒がしいグループの1人が倒れた。
最初、ふざけているのだと思った。
周囲の友達もそうだったようで、甲高い笑い声はそのままだったが、徐々に声が小さくなっていく。
いつまで経っても起き上がらない男子は、ピクリとも動かない。役者でも何でもない中学生が、こんなレベルの高い演技ができるのだろうか?
同じグループの連中は誰も動き出さない。
こういう時は、全くの他人の方が行動を起こしやすい。
俺はゆっくり男子に近づいていった。
有象無象と化した連中は、黙って道を開けてくれる。
15年後に職業柄しょっちゅうやることになる、脈を測るポーズをとった。
ドラマでよく見るその仕草を自分がしていることに、物語のキャラクターになれたという、妙な興奮を覚えたことを覚えている。
死んでいる。
自分でも気味が悪いくらいに、冷静にその事実を受け入れた。
淡々と然るべき機関に連絡して、救急隊員や警察に事情を説明した。
自分の殺意を除いて。
言ったとしても頭がおかしいと思われるだけだろうと判断したと言えば耳心地はいいが、話さない言い訳をしていただけだ。
人を殺したかもしれない。
その可能性に耐えうるために、これから実験をする必要がある。
あぁ。もう喋るの疲れた。
続きは、また今度でいいか?
\
自分の話をするのは疲れる。
己と向き合わなければいけないから。
できることなら、一生自分なんかと向き合いたくない。
「おつかれー」
疲労困憊の中、怪異対策課の事務所の扉を開けると、優しい声音が出迎えてくれた。虹山さんだ。
「お疲れ様です」
「なんか、菅野さん美味しそうなの食べてるよ!」
俺と虹山さんの直属の上司である菅野さんは、ステラおばさんのクッキーをモグモグ食べていた。俺もあれ好き。
「分かった分かった。2人も食べていいよ」
「わーい!」
「ありがとうございます」
白髪混じりで定年間近の好々爺である菅野さんに対しては、虹様さんは精神年齢が極端に下がる。
お爺ちゃんと孫みたいなやり取りを見るのは嫌いではない。
俺もクッキーを口に放る。丁度いい甘さが口内に広がり、疲れが洗い流されているようだ。
「おーい。加賀くん!菅野さんがシュークリームも隠し持ってた!食べな食べな!」
そんな危ない境界線から救ってくれたのが、お爺ちゃんから羊羹を取り上げている、この女性だ。
<貴方の能力は使える。着いてきなさい>
職も家族も失い、人生の絶望の淵にいた俺に、この人は手を差し伸べてくれた。
「え。菅野さん、良いんですか?」
「見つかった時点で僕の負けだ‥‥‥食べなさい」
「クッ。殺せッ」みたいな顔をしている菅野さんがちょっと面白い。
「じゃあ、いただきます」
疲れている時に食べるシュークリームは、もう一踏ん張り頑張らなくてはならない現実に立ち向かう力をくれるほど美味しい。
「もうちょっと頑張ろうね」
菅野さんに見せている幼さは消え失せて、頼れる上司の顔になっている。
「はい」
この人の下だから、辛い仕事にも耐えられている。
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