第5話 お前が死ねよ

 夢を見た。


 まだ、自分には何かすごい才能があって、いつか誰かがそれを見つけ出して世界で大活躍するんじゃないかと愚かにも信じていた中学生の頃の夢。


「加賀は、いつ死ぬ予定でいる?」


 奴が目の前でそんな質問をされた際、「あぁ。これは夢だな」と気づいた。


 中学の制服に身を包んだ朝野カルマは、こんな反応に困ることをよく言い出す奴だった

 簡単なことを、わざと難しくして楽しむタイプのこの悪友の話に付き合うのは嫌いではなかった。


「んー。50歳くらい?」

「なんで?」

「人間の最高到達点って、経験とか知識とかを考えて43歳だって説があるんだよ。それ以降は下降していくだけなんだと。だから、衰えを実感する頃であろう50歳くらいが丁度いいのかなって思う」


 この時代の加賀深夜は、43歳まで自分を磨き続けるつもりでいたのだなぁと感心する。

 29歳の加賀深夜は、もう成長を諦めている。

 日々をやり過ごすだけで精一杯のおっさんに、そんなキラキラした向上心は無くなってしまった。


「そっか。俺は今すぐにでも死にたい」


 男子中学生の「死にたい」発言なんぞ、一々真面目に聞いていたらキリがないと世間は言う。しかし、当時の俺は深刻な表情をする。


「‥‥‥やっぱりお母さんの具合、良くならないのか?」

「うん。薬も飲みだがらなくて、今朝も暴れてた」


 今も昔も、精神疾患患者への対応は難しい。

 国が疾患として認めて久しいが、効果的な対策が練られているとはお世辞にも言えない。

 障がい者を差別してはいけないと世間は声高に言うけれど、支える者の気持ちは二の次だ。


 人権を認めるべきという法は作るが、障がい者が安心できる環境を整える気は無い日本政府。

 日本に障害を持っている人が何人いるのかすら調査しない日本政府。


 そんな欠陥だらけの世界で戦うカルマのことを強い奴だと思っていたら当時の俺は、どうしようもない馬鹿野郎だ。

 男子中学生だぞ。ギリギリの精神状態で格好つけていたに決まっているだろう。

 それをお前は、小説か何かの主人公のように思っていたんだ。想像力のカケラもない。それでよく親友なんて名乗れたな。


「だからさ、もし俺が明日死んでも驚かないでくれな。そういうことだから」


 この時、恥知らずな俺はなんと返しただろう。

 お前が死んだら悲しいとか、俺だけはお前の味方だからとか、何の役にも立たないクソセリフを言ったのだろうか。

 そんな無責任なことを言うお前が死ねよ。

\



「お。起きたね」

「‥‥‥」


 知らない天井。

 ではなかった。見知った医務室の天井だ。

 死ぬことすら下手なのか。


「愛ちゃーん!深夜くん起きたよー!」

「え!?もう!?」


 寝起きにはキツイ大声が頭に響く。

 慌ただしく走り寄る足音。こっちは効率的な足の運び方が分かっている心地いい音だ。


「うわ!マジだ!加賀くーん。あれだけ酷い状態だったんだからもうちょっと死んでて良かったんだよー」


 変な日本語だ。死んでいたら二度と目が覚めないだろうに。

 碌に口を動かせないので、ツッコむことができない。


「まあ、良かった良かった。これでまた一緒に仕事ができるね」


 こんな馬鹿と仕事がしたいと言ってくれる虹山愛さんの姿を見れて、安心してしまっている自分に気づく。


 もしかして、好きになったのか?

 モテない男はちょっと優しくされたらすぐに好きになるから厄介だ。



 

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