第2話 敵のフィールド

<間も無く、目的地です>


 機械仕掛けの女性の声がしたところで、虹山さんを起こす。


「もう着くそうです」

「んー‥‥‥」


 目は開けてくれたが、覚醒するにはもう少し時間がかかりそうだ。

 窓から外を見ると、東京では見れない緑が目を癒してくれる。


 埼玉県にあるそこは、有安弘志が潜伏しているであろう町だ。電車はリスクがあるので『シトラス』を使って移動した。


 何でもかんでも値上げしているこの世の中、車も例外ではなかった。

 日本が誇れる文化の二台巨頭であるアニメと車は、2051年現在でも経済を支えている。しかし、車は一部のお金持ちの特権となりつついった。


 2046年、移動に特化したAI『シトラス』が出現した。

 見た目は、人力車をイメージしてもらえれば、ほぼ間違いない。変わっている点は速度は40キロが出ること、雨風を防ぐ透明の窓がある、引いているのが人間ではなく人形AIという点のみだ。


 役割はタクシーと大して変わらないのだが、乗り心地や抜道の知識はタクシー運転手を遥かに超える。故に、若者の車離れに拍車がかかることとなる。


 俺の父親は、何をするにも車移動をしていたので、この流れの変化には一言あるらしいのだが、運転が苦手な俺にとってはありがたいことこの上ない。


 完璧なブレーキで『シトラス』が停車する。


「よし!行こうか」


 いつの間にかしゃっきりモードになっている虹山さんに促されて降りる。


<ご利用、ありがとうございます>


 この電子音に、返事するか否か毎回迷う。

 ここまで運んでくれたので、AIといえど多少の情がある。しかし、「ありがとう」と返すには人前でSiriと話すのにも似た恥ずかしさがある。


「‥‥‥ぁぅ」

「ありがとね!」


 俺がモゴモゴ言っているうちに虹山さんが快活と言ってのける。

 そのお礼が合図であったかのように、『シトラス』は去っていった。


 軽い敗北感を味わいながら我々は動き出す。

 有安弘志が潜伏しているらしい、両神山(りょうかみさん)へ。

\



 すっかり監視社会となった今、人探しは割と簡単になっている。

 2日の捜索活動の末、有安弘志はその山にいる可能性が高いことが分かった。


 ようやく、容疑者と直接相対する。

 大丈夫。武器は持ったし、能力もいつだって出せるように調整してきた。


 大丈夫、大丈夫、大丈夫。


 古傷がある左肩を撫でながらそう自分に言い聞かせる。

 あんなことはよっぽどのことが無い限り起こらない。冷静にいけ。


「あ、神田くん。あれ食べよう。栗のどら焼き!」

「‥‥‥え?」


 そういえば、『シトラス』での移動中、なんか和菓子屋に寄ってたな。この人。


「秩父の名物らしくてね、美味しいよ。たぶん」


 スーツポケットから一つどら焼きを取り出して、渡してくる。


「えっと」

「良いから食べときな。甘いものは裏切らないから」


 正直、食欲は無いが上司から勧められたものを食べないのも失礼にあたる。


「いただきます」


 お。

 思ったより食べやすい。

 栗の味も主張しすぎず、上品な味わいだ。

 あっという間に完食。


「美味しいね」

「はい」


 さっきよりも身体が軽い気がする。


「じゃ、いこっか」


 軽快な足取りで歩き出す虹山さん。


 難しい顔をして無理をするだけが仕事ではない。

 虹山さんとどら焼きのおかげで、大切なことを思い出せた。


 さて。お仕事だ。


 ぐじゅり。


 そう決意した瞬間、背中に嫌な感触がした。

 それは次第に痛みに変わる。


 あー。これは何度か経験があるから分かる。

 刺されたな。


 どの臓器を刺されたのか気になるが、今は敵が誰なのかを把握すべきだ。

 背後を見ると、虚な顔をした女性がナイフを持って立っていた。

 監視カメラで有安弘志の殺害を黙って見ていた連中と同じ表情。


 クソ。脳の働きを止めるだけじゃなく、操れるレベルだったか。

 まあ、これは自業自得だ。


 能力を甘く見ていた上に、敵のフィールドに立っているのに覚悟すら決まっていなかったのだから。

 

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