サイコパスは嗤う〜加賀深夜の怪異調査報告書〜

カビ

第1話 無関心という名の暴力

 監視カメラを観るのには、未だに罪悪感がある。


 世の安全のためだと分かっているけど、こうして他人の日常を盗み見ている自分のことが嫌いになってくる。

 もう、充分自己嫌悪をしているってのに、これ以上するとウンザリしてくる。


「この男です」


 監視カメラスタッフである千葉さんが画面を一時停止する。

 40代前半らしきこの男性は、29歳の若造に敬語を使ってくれている。


 一応、立場は俺の方が上らしいのだが、今抱えているストレスと毎日向き合っているのだろう千葉さんの方が怪異対策捜査官とかいう厨二病臭い肩書の俺なんぞよりも、よっぽど尊敬すべき人間だ。


 しかし、「敬語はやめて下さい」なんて言っても、千葉さんを困らせるだけだろう。とりあえず画面に意識を集中させる。


 そこには、見るからに反社会的な組織に属しているであろうおっさんが写っている。

 場所は朝の池袋駅。平日なので人通りがとても多い。


「この男、池袋では有名な半グレ組織のリーダーのようで、恨みを買うことも多かったのではないかと思われます」

「半グレ組織ですか‥‥‥」


 どうせなら、王道のヤクザであってくれよ。中途半端な奴だな。

 まあ、これから起きることをしっているので、それくらいは多めに見てやろう。


 千葉さんが動画を進める。

 半グレおじさんは、まるで他の乗客が見えていないかのようにズンズン歩く。


 乗客達は関わってはいけない人間だと判断して道を開ける。

 この行為に情けないとは思わない。日々忙しく働く彼らは、最低限のマナーも守れないジジィに割く時間などないのだ。


 しかし、そのジジィにガッツリぶつかってしまった青年がいた。

 俯いて歩いていたらしい彼は、前髪が長く鬱々とした雰囲気に満ちていた。


<おのれボケなめとんのかつぶすぞ!>


 何の知性も感じられないキレ方をする男がトップって‥‥‥。半グレ組織で出世するのって簡単なんだなぁ。


 しかし、次の瞬間にジジィは倒れていた。


 どこからどう見ても暴力とは無縁そうな青年の右ストレートが顔面に炸裂したのだ。

 ジジィは何が起きたか理解できていないようで反応できていない。その隙をついて青年は馬乗りになり、連続で顔面を殴っていく。


 ゴッッッ。

 ゴッッッッ。

 ゴッッッッッ。

 ゴッッッッッッ。

 ゴッッッッッッッ。


 スピードは遅いが、一発一発が重い。

 二発目辺りでジジィは気絶していたが、そこから60発続いた。絶命するには充分なダメージだ。

 血が飛び散り、拳や顔、洋服が汚れても攻撃を緩めることは無かった。


 周りの乗客達は、止めることも動画を取るでもなく、ただひとりの人間の命が尽きていく過程を眺めていた。

 無表情で見続ける彼らは、青年が立ち上がり姿を消すまで微動だにしなかったが、次第に移動を開始した。

 何事も無かったかのように、各々の職場へ向かっていく。


 千葉さんが動画を停止する。


「以上が監視カメラが捉えた映像です」

「あ、ありがとうございました。参考になりました」


 しっかり頭を下げて監視ルームを出て休憩スペースへ向かう。嫌な映像を見た後は、缶コーヒーでも飲んでいないとやっていられない。


 しかし、そこには先客がいた。


「お。加賀くんお疲れ。疲れた顔してるわねー」


 まだ23歳だけど、タバコを深く吸って吹かしている姿に妙な色気を感じる女性。

 背が高いが胸はそこまでない体型は、スーツがよく似合っている。本人は自身の胸に不満があるようだが、そんなもん気にすることないくらいには魅力的だと思う。


 虹山愛。29歳という変な時期に転職してきた俺の年下上司である。


「お疲れ様です」

「おつかれー。あ、もしかしてあの映像観た?」

「はい」

「ヤバいよね」


 何故か笑う虹山さん。


「人間の闇を凝縮したみたいな‥‥‥ふふッ」


 一応、警察なのだから不謹慎ではないかと思うが無言を貫く。俺の能力的にあまり強い言葉は言わないに越したことはない。


「そんな顔しないでよ。コーヒー奢ってあげるから許してね」


 気付かぬうちに不快感が顔に出ていたらしい。

 缶コーヒーを投げてくる。コーヒーに罪のないので受け取り飲む。


「まあ、私と加賀くんの能力でチャチャっと解決しちゃいましょ」


 軽く言うけど、事件解決までの面倒ごとを考えると胃が痛くなってくる。

 ても、やるしかないか。

 仕事だしな。

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