第4話 高度は7

 高度は7

『認証コードを提示しない場合、不法滞空とみなし、撃墜の準備に入る』

 グリフォンが自動音声で告げる。

 グリフォンは完全無人機で自立飛行型だ。ほとんどの行動パターンは内蔵された飛行プログラムと撃墜プログラムによって決定されている。人間はモニタリングしてデータを取得することがほとんどで、遠隔操作することは稀だと言われているのだ。

『準備態勢が完了した、これから五秒間だけ起動を待機する、その間に降伏もしくは認証コードを提示しなさい』

「誰が!」

 一秒

 銀花が返す。

 二秒

 鉄斗は未だキーボードで計算とプログラムの改変中。

 三秒

 二体の機体は同時に右旋回。

 四秒

 距離を取られないように懸命に銀花が付いていく。

 五秒

『待機時間終了、警告を無視したものとし、領空内自治の点において撃墜の判断を下す』

 グリフォンが翼上部の機銃らしきものをこちらに向ける。

「銀ちゃん、来る!」

「おうよ!」

 機銃が光、発射。

 銀花が下に入る。

 だが、そこから発射されたのは弾丸ではなく、薄い霧状の物体。

 高圧ガスか、一瞬鉄斗はそう思ったが、それにしては速度はない。

 不発だ。

 胸をなで下ろし銀花がペダルを踏み込み、上昇しようとする。

『侵入者確認、内部シールドを張ります』

 突然、鉄斗のプラスオーバーが警告を出した。

 物理的な侵入者ではなく、プログラム内での侵入者だ。

 つまりはウィルスの類。

「へ?」

『侵入者、未特定、データに存在しません』

「は?」

 ウィルスは日夜新種が発生する、ここにあるのは今日までのブロックデータだから、なくても問題は大きくない。存在を確認出来ればシールドが介入を防ぎ、消去する手はずになっている。

『シールド、崩壊』

「え?」

 それが、簡単に、壊れた。

 手動で作業をするために、彼が視線で指示を送り検索窓を開く。

『全プログラム強制終了、再起動予定時間は未定です』

「え!」

 その間もなく、画面がブラックアウトした。

 ウィルスのレベルか、これは。

「アザトースか!」

 鉄斗が驚きの声を上げる。

 AESPA、対電子機器停止プログラム集合体、電磁シールドの有無に関わらず、射程範囲内の電子機器を全て強制終了するナノマシンの一群。独自に開発されたそれは、日本の最先端技術として軍がいち早く開発に着手したという極秘中のシロモノだ。

 ネット上では他に類をみないその理不尽さと攻撃性の高さ故、架空の存在ではないのかという揶揄も込めて、アザトース『無限の魔王』と呼ばれている。

 鉄斗の作ったメデューサなど、ほんの子供のイタズラだ。

 横に回りながら二人を乗せたハイフライヤーは真下へと向かう。

「どうなってんだ!」

 銀花が叫ぶ。

 手動で操縦しているといっても、その根幹はプログラムに頼っている。今はその全て、単なるアセンブラで起動しているはずのプロペラントを制御する下部プログラムですら停止しているのだ。

 推進力が出なければ飛行機は飛ばない。

 咄嗟に鉄斗が指示を出す。

「足元、フットペダルの右端にある固定レバーを引いて!」

 半無重力状態で落下をしながら銀花が手を入れ、金属製のレバーを握る。

「これか!」

「思いっきり!」

 ガンという音とともにレバーが引かれる、機内の落ちた照明が再びつき、アナログ表示のアクセルメーターが勢い良く回る。この瞬間だけアナログメーターでよかったと鉄斗が思う。デジタルならフィードバック不備が機械内で生じ、再始動出来なかっただろう。

「予備充電のバッテリーだ、三分は持つよ」

 プロペラントの燃料電池は常にフルで起動している、その余剰電力をバッテリーに充電することで、普段は機内の暖房などに応用している。

 非常時の退避用としても、だ。

 通常飛行の高度なら、三分で地面まで降りることが出来るため、通常このように設計されている。流石の鉄斗もここまで再構成しようとは思わなかった。

「どうすればいい?」

「選択肢は二つ、急速落下で地上まで降りるか、このまま突き進んで三分以内に何とかするか」

 銀花は迷いもなく、

「そんなの決まってる、進む!」

 と言った。

「わかった、何とかする!」

「とりあえずは?」

「天まで昇って!」

「任せろ!」

 操縦桿を思い切り引き、垂直に近い角度で天を目指す。

 機体後部、突出した箇所を鉄斗が思い切り叩き、中から出てきたジャックを直接プラスオーバーに接続する。

「ネットでの噂が本当なら」

 ジャックを引き出した穴に手を入れ、ガラスで保護された緊急ボタンを拳で叩く。

「あれはまだ実験段階で」

 ガラスが粉々に割れ、ボタンすら壊す勢いで押す。プラスオーバーを通して鉄斗の脳に衝撃が走り、感電死しかけた。

「過電流が流れれば」

 全身に流れる痛みを無視して、後部座席の足元にあったこれもガラス保護のボタンを蹴り上げる。

 再度衝撃、火花が散る。

「ナノマシンが壊れるはず!」

 青い放電が機内に生じる、低電圧現象を直すために緊急ボタンを二つ強引に押したからだ。

「行けるか」

 ビーという電子音。

 数刹那の後、プラスオーバーに緑の表示が点る。

「やった!」

「マズイ」

 鉄斗と銀花の相反する声。

 目の前にはグリフォンが同じ角度で上昇をしていた。

 その機体上部の解放口から見えるのは、電磁誘導弾。

 追撃発射された。

 弾数は二十近く、本気で撃ち落すつもりだ。

「角度を変えて、ジグザグ! 得意でしょ!」

「わか……てるよ!」

 垂直から水平へ。

 鉄斗がその作業を銀花に任せる、第一今はそれを何とかする方法もない。

『システム内部全般に損傷が見られます』

 アザトースによる強制終了と鉄斗による過電流でシステムに傷がついてしまった。

「予想実行値は?」

『二十二パーセントです』

 思ったよりも損傷が大きい。

 差し込まれたジャックからは直接内部のシステム回路情報が流れている。プラスオーバーを埋め尽くすかのように文字と数字が表示され、色とりどりのグラフが激しく上下する。

 数値だけではない細かい情報だ。

 バランサーがほぼ確実に0、プロペラント実行値が十八パーセント、痛いところを破壊された。その他は割りと大丈夫らしい。

 機体が大きく揺れる。鉄斗が激しく背中を座席に打ち、体を曲げる。

 避けた誘導弾が目の前でぶつかり爆発したのだ。

 バッテリーは後一分しか持たない。

「銀ちゃん、もう一回上に!」

「ああ」

 鉄斗が全体的な破損箇所を見渡す、今修復出来そうなものはプロペラント制御システムくらいしかない。

 しかし、鉄斗はもう使わないと思っていた部分に無傷な箇所を発見した。

「メデューサ、起動準備」

『音声情報を確認、メデューサを待機します』

 武器制御プログラム。

「メデューサ、オン」

『起動開始します、バックアップ機能作動』

 メデューサを射出。

「セカンド、オン」

 即座にセカンドを起動。

「銀ちゃん、出来るだけ離れて!」

 電磁撹乱を起こし、誘導弾を誤爆させる。

『上部システムを強制終了、再起動は……』

「省略」

『省略を了承』

 高速で離れ電磁波の影響を受けないようにする。再起動に時間を費やすことは出来ない。

『電磁波による干渉を計測、PCSの作業効率が四パーセント下がりました』

 これで誘導弾は消えた。

 真下にはグリフォンが待ち構える。

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