第2話 計画実行

 計画実行は一月一日、日の出前に決まった。

 理由は簡単、年明けから日の出までの間、雲のデータが自動更新される。通常は保護プログラムが働き、近づいて来るものに警告を鳴らす。この僅か数時間だけ、サブの保護プログラムだけが起動するので、鉄斗にも入り込む隙間ができるはずだ。

 正直、その他の手段で近づけば、雲を越える前に運が良くて逮捕、運が悪くて撃墜だろう。

 初日の出に向けて、鉄斗は寝ずに溶接とプログラムの作業、銀花は特に練習もせず理不尽な改造要求を出していた。


「やるんじゃなかったー!」

 絶叫へと時間軸は戻る。

 一月一日、時刻は午前六時、日の出まで五十分。

 二千メートル上空。

 通常飛行高度だが、上昇角度を少々間違えていた。

「銀ちゃん、角度が高い!」

「関係あるか!」

 加速と角度で顎を上げている鉄斗をよそに、銀花はノリノリで右のフットペダルを踏み込む、操縦桿は限界まで引かれ、加速を増しハイフライヤーが上昇する。

「AFP(自動航行プログラム)に変更するよ!」

「止めろ、仰角度がゲンテーされるだろ!」

「その角度じゃバランサーが起動しない!」

「私が操作する!」

 操縦桿を強く握り、左右にジグザグ蛇行飛行していく。

「それが不安なんだよ!」

 ハイフライヤーのアクセルメーターが赤い線まで達する。銀花の趣味でここだけはアナログメーターになっている。それ以上はペダルを踏むな、プロペラの回転速度が限界まで行くぞ、という意味だが、むろん銀花には関係ない。

 高度メーターは2をデジタル表示。

 登場するは第一関門。

 赤い光を発しながらやってくるのは、HFFP(警察用ハイフライヤー)、二人のハイフライヤーよりも一回り大きい、四人乗り用。

 第一声は。

『そこのハイフライヤー、速度を落としなさい』

 指向性マイクによる音声が、備え付けのスピーカーから無線経由で流れてくる。

「落とせって言って落とすやつがいるか!」

 既にアドレナリン全開の銀花には何の意味もない警告だ。

 ホバリング機能がないため停止は出来ない、止まればそのまま下まで自由落下するだけだ。鉄斗もこれは予想済み、予定ではあと千メートル上で始まるはずだったのだが、銀花のテンションと一緒に仰角も上げてしまったので、早く見つかってしまったのだろう。

「テツ、やってくれ」

「わかってる」

 ここまで行けば、あとはやり遂げるだけ、少しだけ観念した表情を浮かべ、鉄斗が応える。

 後ろに深く腰を下ろし、メガネの右側に操作画面を起動する。

 左側は透過レーダー、HFFPが二機。

「メデューサ、起動準備」

『音声情報確認、メデューサを待機します』

 右レンズに緑の文字が整列し、流れるように処理を開始していく。

 ハイフライヤーの両翼の下、扉が開く。

 扉から登場するのは小さな弾丸射出機だ。

「銀ちゃん、FP、バランサーストップ、手動操作、十秒頼んだ」

「まかせろ!」

 HFFPが近づいてくる。

『そこのハイフライヤー、認証コードを』

「メデューサ、オン」

『起動開始、バックアップ機能作動』

 両翼から正面に向けて小さな弾丸が放出された。

 低速で射出された弾丸は、一瞬の間合いを取り、そして光を発する。

 暗闇に突然の光が現れ、目の前で輝く。

 鉄斗はメガネで、銀花は気合でそれを見切る。

 それだけでは逃げ切れない。

「セカンド、オン」

 光を発した弾が振動、今度は強力な磁場を発生させる。これでロックオンされていたマークを外し、一時的な電磁撹乱を生じさせる。

 その効果が消えるまで約十秒、レーダーもなしの完全な手動で運転をしなければならない。この変化は意外と大きい、変化に応じられずHFFPがぐらつく。

『上部システムを強制終了、二十秒後に再起動します』

 プラスオーバーのフレーム部分が告げる。

 影響を受けるのは、全ての電子機器だ。もちろん二人のハイフライヤーも、鉄斗のプラスオーバーも例外ではない。

「銀ちゃん!」

「おう」

 操縦桿を前に倒し、直線の移動、少し離れた場所で再上昇する。

 十秒もあれば十分。

 恐らくHFFPの姿は見えない。

『再起動に成功、エラーのチェックを行います』

「エラーチェック省略」

『省略を了承します』

 プラスオーバーに時間は割けない。

「機体全機能再生、エラーチェック実行」

 最優先にするのは機体のチェックだ。

『プロペラント制御システムに二パーセントの損失、修復します』

「オーケイ」

「テツ、どうだ?」

「オールグリーンだ、大丈夫、行ける」

『全機能修復完了、予測実行値は九十九パーセントです』

 鉄斗の声とプラスオーバーがリンクした。

「よし!」

 最後に銀花の声、組み合わさるのは銀花の音楽。

 ブレインフォンのスイッチを押し、音楽拡散に切り替える。鉄斗のいうガラクタそのものの音楽が密室に響き渡る。鉄斗が怪訝な顔をするも、正面にいる銀花には当然届かない。

 高度デジタルは4

 ここからが勝負だ。

 突如レーダーがざらつく。

 肉眼視界では、奇妙な青白い光がチカチカとちらつく。

「テツ」

「セントエルモの火だ、フットペダルを踏んで」

『放電現象を確認、システム全般をブルー(セイフティーモード)に切り替えます』

「了承」

 水滴同士の摩擦により発生する静電気の中を突っ込むと発生する放電現象。積乱雲が近づくと発生しやすいセントエルモの火は、少なからず電子機器に影響を与えかねない。

 だったら、早めに抜けきるのが良い。

 機体が右にぐらつく。

「大丈夫、そのまま」

「おう」

 鉄斗のメガネが電子データを集積し、解析を開始している。

『システムを復帰します』

 高度は5

『機体装甲面に異常を確認、高度を下げてください』

 基本設定に入れてある音声情報、もちろん単なる確認用だ。

「装甲情報を第二種に指定、限界値を計測開始」

『装甲情報を第二種に変更』

「銀ちゃん、その音楽止めて!」

 ノリノリでペダルを踏み、頭でリズムを取っている銀花。

『該当語句が含まれていません、言語を直してください』

 代わりに鉄斗のプラスオーバーが応えた、焦点を右レンズ右下の指示コマンドに合わせたままだったことに気が付く。

「気圧計測」

『現在の気圧配置を確認、情報取得、第二種飛行可能高度は八千メートルです』

 これでギリギリまで高度は持つはずだ、と鉄斗は一応の安堵をする。

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