壱 漆黒と泡沫のチャリス
放課後、武は祥太達の勧誘を断り切れず、仕方なくメモに記された場所へと向かっていく。というのも、二人は毎回授業が終わると直ぐに教室を出て何処かへ行ってしまうから話し掛けるタイミングを完全に見失ってしまったからである。
「えーっと、確かここら辺なんだよね……っていうか、『救世の聖剣』って何……?」
出会って早々渡されたメモを見ながら武は祥太達が待っているとされている部室へと赴く。妙に手の込んでいるフロア図だったので非常に分かりやすく迷う事無く辿り着けそうだ。
しかし、一つ分からないのが、目的地を示しているであろう箇所に『救世の聖剣』という謎の固有名詞が表記されている点である。
一体何なのかと思いつつもゴールと思わしき地点へ到着すると、引き戸の近くにはスカした様なフォントで『Saivor Blade』とプリントされている黒い紙が貼られていた。恐らくここで間違いないのだろう。
「失礼しまーす……?」
恐る恐る戸を引き、武が顔を出して覗き込んでみると、部室のど真ん中に祥太と花音が居た。またしても背中合わせに立って両腕を組んで恰好を付けて、である。
「クックック……意外と早かったじゃないか」
「彷徨える魂よ、よくぞ此処まで辿り着けたものだ。褒めてやろう」
「イチイチ格好付けてないで普通に喋って下さいよ」
いつまでも仰々しく喋る二人に武はウンザリしている様な口振りで駄目出しを入れた。祥太達は互いに目を合わせて少しばかり沈黙していたが、あくまでもその芝居染みた口調を貫き通すつもりらしい。
「……セイヴァーよ。迷える子羊は随分と欲しがりな様子だ」
「フン、致し方あるまい。ローゼス、氷結界に封印されし美酒を注いで持って来い」
「心得た。ククク、せいぜい禁じられた雫の美味に心震わせるがいい」
「ほんっとブレないですね……」
そう言うと祥太は隅に置いてあった机と椅子を引っ張り出して簡易的な応接セットを作った。
「待たせたな。さぁ座して待つがいい」
「ど、どうも……」
祥太は上座の位置にある椅子を引いてエスコートする。破天荒な口調とは裏腹に繊細な気配りを施す彼に思わず面食らい、武は為されるがままに座った。
ただ対面の下座に勢い良く腰を下ろし、偉そうに腕組みをしている様はとても高圧的に感じたので、改めて得体の知れない男だと認識した。
「宜しければどうぞ、お客様」
美酒とやらが注がれた紙コップを配膳する花音。その正体は何なのかと覗き込んでみると、極め細やかな泡を弾かせ、甘い香りを漂わせている黒い炭酸水、つまりはただのコーラであった。
「あの、これって……」
「む! 我が友! どうやら客人は漆黒の美酒は呑まないと言っているぞ!」
「已むを得んな……。ローゼス! これで紅茶とお茶請けを買ってくるがいい!」
「違いますって! 美酒と聞いてコーラが出てくるとは思わなかっただけですから!」
財布から高額紙幣を取り出して花音に渡そうとする祥太を宥め、武は出されたドリンクを流し込む。何の変哲も無いコーラの甘味と開封したての強い炭酸の爽快感が舌を刺激し、喉を潤した。
「――で、佐藤く……じゃなかった、セイヴァーブレイド君達は此処で何をしているのですか?」
「ほう? もしやキサマ、救世の聖剣に興味が?」
「此処まで呼びつけておいてそれは無いでしょう!?」
白々しい態度を見せる祥太に武は思わず声を荒げる。冗談だ、と男は一笑しながら漆黒の美酒を一気に飲み干した。
「……救世の聖剣とは、この
――どうしよう。佐藤君の言っている意味が全然分からない。
説明を求められて初っ端から訳の分からない単語の数々を並べるのはどうかと思う、と武は内心辟易していた。
「……我とセイヴァーは学園の
要領を得ていない事に気付かれたのか、花音が祥太の後ろから補足を入れる。それでも良く分からなかったが、何となく言いたい事は伝わった。
「つまり、何でも屋みたいな感じですか?」
「
突如として二人が声を揃えて指を差したので思わず驚愕した。難解な言葉が漸く通じたのが余程嬉しかったのか、祥太達はこっそりと小さくガッツポーズを取っていたのが見えたので、武は少しばかり呆れていた。
「さて
「えぇ!? そんな、困ります!」
「よせローゼス。……今日一日キサマは
祥太は強引に加入させようとする花音を抑える。彼女は不服そうな顔をしながら男の袖を掴んで武から離れた所にまで連れて行った。そして耳打ちをしているのだが、花音の出す声量が大きかったので駄々漏れである。
「セイヴァー! またとない好機に対して悠長が過ぎるぞ!? 同志の数が足りないのが原因で
「ローゼス。オマエは少しばかり焦り過ぎている。無理矢理入れても直ぐに辞めてしまったら意味が無いだろう。……それに
何やら聞いてはならない事情を耳に入れてしまった様な気がする。口論となっている二人の背中を武はただ見ている事しか出来なかった。
「大体祥太はいっっつも甘いんだよ!! こないだだって学校で悪さしてる不良に対して軽く注意するだけだしテキトーな謝罪を受け入れて帰っちゃうし!! だから祥太だって名前だけの大して役に立たない厨二病だって馬鹿にされてナメられて――!!」
「ローゼス。天王寺花音の前世が蘇ってるぞ」
「……あ!」
激昂からなのか花音の仰々しい口調がイマドキらしい女の子らしいものへと変わっていた。やっぱりあれはキャラを作っていたんだ、と武は何処か安堵していた。
「心配するなローゼス。例え誰も来なくてもオレはオマエさえ居てくれたら問題無い。オレとオマエの存在で救世の聖剣は成り立っているのだからな。オレが刃ならばオマエは鞘だ」
「セイヴァー……! ふ、フン! 致し方あるまいな!! 救世の聖剣の長であるセイヴァーの命令は絶対だからな!! 言っておくが我はまだ其方の不甲斐なさを赦したワケではない!! 仕方なく従っているだけって事を
――何だろう、何でかは分からないけど何か腹が立ってきた。
客人をほったらかしにしておいて一体何を見せつけられているのだろうか、と武は顔を引き攣らせながら込み上げてくる苛立ちを抑えていた。
話し合いを終えると二人は此方へ振り返った。さっきまで口論を繰り広げていたのが嘘みたいに澄ました表情をしていたので、何となくではあるが猶更腹立たしいと感じた。
「待たせたな。ではオレ達について来るがいい」
「安心するがいい。我とセイヴァーが居る限り貴公の安全は保障しよう」
いっその事もう帰ってもいい様な気もするが、後日面倒な事をになりそうだったので武は渋々祥太達に先導されるがままに部室を後にしたのであった。
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