泡沫⑥

「あ、あのね……エルザ……」


やがて、咳も落ち着いたのか、シレーナが弱々しい笑みを浮かべて、エルザを呼ぶ。エルザは返事しようとするが、恐怖のあまり張り付いた喉からは、ひゅーひゅーと空気が漏れるだけだった。


「私は……見ての通り人間ではないの」


 それから、シレーナはどろりとした視線を自らの変形した、いや、元に戻った足を見て寂しそうに言葉を紡ぐ。


「私は人魚……。醜い醜い……化け物」


「そ、そんなことないよ……」


 エルザは小さな小さな声で、呟く


「……シレーナは醜くない」


 それが彼女を守るための嘘なのか、エルザの心から出た言葉なのかは本人にも分からなかった。


 けれど、その言葉はシレーナの心を安心させるにたり得る言葉だったようで、シレーナはいつものように優しい笑みをふわりと浮かべた。


「ありがとう。そう言って貰えて、良かったわ」


 エルザの頬を伝ったナミダが、ぽとりと、シレーナの顔に落ちる。


「温かい……」


 シレーナはそう呟くと、そっと目を伏せた。


「もう泣かなくても大丈夫、よ。だって、ルカの、彼の足音が聞こえるもの……」


 エルザが驚いて顔を上げると、そこには目の角を吊り上げたルカが立っていた。


「なんてことをするんだ!」


 その言葉と同時に、ルカはエルザの頬を勢いよく平手打ちする。パチンと頬を打たれる音が花畑中に響き渡る。


「あ、あの……あたしあたし……」


 エルザが何かを言おうとするが、ルカが目だけで黙れと訴えてくる。その鋭い眼光に、彼女はすっかり怯んでしまう。


「今後一切お嬢様に関わらせません。貴女を信じた、ぼくが馬鹿でした」


 冷たい彼の目を見るのが怖くて、エルザは俯いてしまう。ルカは小さく鼻を鳴らすと、シレーナを抱きかかえて立ち去ろうとする。


「ま、待って……!」


 もうシレーナに会えなくなると思うと、急に怖くなって、エルザは声を張り上げる。ルカは一度立ち止まって彼女を一睨みすると、口を開く。


「新しい日が昇る頃。貴女の記憶からシレーナ様の記憶は綺麗に消えてしまいます。せいぜい、その間。貴女の罪を悔やむといい」


 ルカは吐き捨てるようにそう言って、急いでその場を後にした。


「人間などを、信じたのが間違いだった」


 遠くで聞こえたルカの声が、エルザの頭の中で気持ちが悪いほど反響していた。

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