第五話 狂騒曲②

 白い長槍が闇夜を横に薙ぎ払う。小柄な女は体勢を限りなく低くしそれを回避。禍々しい太刀が騎士の足元を狙う。バックステップで太刀を避けた騎士は、槍を持ち換え、突きの体制に入る。


 周は呆気に取られていた。まさか、普通の日本人男子高校生が人の命のやり取りを見るハメになろうとは。

 しかしそれでいて、どこか惹きつけられるような感覚を覚えたのも事実。ゆえに、その場から逃げるという選択肢は周になかった。ただひたすらにその一瞬一瞬を目に焼き付けた。特にあの長槍。

 白銀の持ち手に、七本の刃が円形になるよう配置され、そのうち一つのものが長く尖り主な攻撃手段として使われている。装飾は絢爛にして力強く、神々しさを感じずにはいられない。


 重装の男が豪胆かつ繊細な槍捌きを見せるのに対し、軽装の女はどこまでも勝つための剣術を扱っていた。下段からの不意打ち、フェイント、身の軽さを活かした奇抜な避け方。実際、男の突き技を何回も避け、その度に命をとりに行っていた。

 しかしそれをことごとく騎士に破られ、勝ち目が薄いと見ると早々に太刀を構え直した。


 青坂はこれでなかなか苦戦している。聖槍はあらゆる呪いを退けるが、単純に相手の技量が高い。

 遠野の斬撃は常に隙へと吸い込まれるように迫ってくる。これを逸らす。青坂が薙ぐ。遠野が避ける。これの繰り返しだ。

 このままでは勝負が膠着する。

 そう感じたのは向こうも同じようだ。

 遠野は太刀を構え直し、今度は正当な日本剣術を思わせる攻め方をしてきた。


 聖槍で遠野の太刀をうけながすが、やはり近接に入り込まれると槍では戦いづらい。

 瞬時に槍を虚数空間へしまった青坂は、懐からサブマシンガンを取り出した。

 顔が膠着する遠野。

 ざまあみろ、と嘲笑するのをなんとか堪え、躊躇なく発砲する。

 弾丸は遠野を殺傷することこそ叶わなかったが、見事距離を取ることに成功した。

 再び槍を取り出す青坂。


「-道化、なんのつもりだ。神代の遺物を強奪し我が物としながらもそのようなものに頼るなど。」


 返答はない。周の目から見ても今の青坂の行動はちょっと”なかった”。


「-死ね」


 長い間合いでの打ち合いが続く。やはり長槍、間合いを我が物にした途端太刀を圧倒している。青坂は遠野を撃ち飛ばし、また距離を置いた。

 この日の雪は屋上にも積雪しており、先ほどから足場が悪かった。青坂はそのことを気にして、槍をひとなぎすると、炎があたりを焼いた。後に残るはただ乾いたコンクリートの地面だけ。

 すると、蒸気に紛れて遠野が先ほどの奇抜なスタイルで攻め込んできた。下段攻撃が連続。すると青坂も気乗りしない様子で、普通の槍捌きとは明らかにかけ離れた戦闘スタイルに切り替える。騎士然とした槍捌きから、命を取るためだけの動きへ。槍の軌道は直線から波打つ曲線へ、突きを放つときはフェイントすら入れてくる始末だ。

 遠野は間合いを詰めようと努力するが、突然の戦闘スタイルの変化に追いつけず、距離は変わらないまま。


 今かな、と、一瞬膠着した瞬間に青坂は用意していたトラップを発動。

 槍の穂先に大きめの虚数空間を作り、風を起こす。

 青坂も思っていなかったほどの強い風だった。

 あまりに強い風だったので、遠野の体を揺らした。遠野がよろめく一瞬の隙を青坂は見逃さない。槍を遠野の太刀に絡みつけるように回しこみ、てこのように女の手から太刀をヒョイ、と取り上げる。咄嗟に距離を取る遠野。


 バク転のようにして距離を取るが、そこに追撃のクナイが青坂の左手から放たれた。合計三本。一本は遠野の左腕に深々と刺さり、痛々しい声を漏らさせる。


 航空障害灯が紅く舞台を照らしあげる。二人の表情を窺い知ることは周にはできない。遠野が口を開いた。


「曲芸師ごときが私から太刀を取り上げるとはな。前にも同じ仕打ちを受けたことがある。お前たちは手癖が悪い。実に不愉快だ。」


 返答はない。実際青坂もこのまま殺そうかと考えたが、ふと気が変わった。先ほどから道化だの曲芸師だの言われて腹が立っていたのもあるが。

 無詠唱で認識障害の奇跡を声に乗せる。そして、言葉を発した。


「嫌な言い方だなあ。これでも僕らは真面目に修行して技を研ぐんだ。実際、あなたはその技に一度一本取られたことがあると言っていたし、手癖が悪いだなんて言われる筋合いはないよ。そもそも僕たちだって好きで戦ってるわけじゃない。そっちの都合で勝手に襲ってくるだけじゃないか。」


 周には何を言っているのかよく聞き取れなかった。いや、声は聞こえた。しかし、単語単語が頭の中で溶け落ちて、意味をなさなくなるのだ。

 どうやら女の方は違ったらしい。


「ずいぶん長く黙りこくっていう事がそれか。こちらだってお前らが何もしなきゃ手を出す必要はない。」


「悪いね、認識阻害の奇跡をかけるのも一苦労なんだ。」


 会話らしい会話を成立させているようだが、やはり周にはよく意味が理解できない。すると、男は槍を突き技の時の構え方に変えて、女の心臓を狙った。


「さようなら、狂信者の君よ。-貴様の旅も行き止まりだ」


 凄まじい速度の踏み込み。地面が揺れる。しかし女はそんなのごめんよ、さよなら、と口調を変えて後ろ向きに跳んだ。一呼吸女の方が早かったのだろう、というのも、周には戦いの細部は理解できなかったし、見えなかった。ただ女が突きによる負傷を受けず落下していくのは理解できたし、槍が穿っていたのは空の一点だったので、おそらく女は無傷で回避行動を成功させたのだろう。


 青坂は不満げに下を見下ろし、太刀を拾い上げた遠野が去っていくのを見送った。追撃は不可能だろう。構えを解き、虚数空間に聖槍をしまった青坂は、いよいよ例の一般人の扱いを決めあぐねていた。とりあえず話せばいいのだろうが、騎士団にスカウトするかどうかは鏑木の裁量だ。それに、金印も回収しなければならない。


(とりあえず声かけるか...)


「さて」

「君、なんで、今ここにいられるのかな?」


 じゃり、と靴が砂を踏む音。自分のものではない。靴音の主は、動揺のまま、非常階段の入り口へと向かう、が...


「できれば逃げないでほしい」


 青坂は音に視線を向けず、虚数空間から聖槍を取り出した。先ほどとは違い、六本の刃のうち、長いもの以外が消えており、幾分か質素な作りになっている。


「この槍を出すのも実は大変でね。それも戦闘となると一塩の苦労が必要だ。それがたとえ相手の命を一方的に奪うものであっても、だ。」


 ブラフだが、音の主は止まってくれた。


「ありがとう。」


 青坂は振り返り、震える音の主に問う。


「で、君、名前は?」


 そこにいた、学ランをきた細身の高校生は答える。


「ふ、藤宮周です...」


 なんだよ、男か、と思いながらも青坂はフジミヤとかいうのに告げた。


「フジミヤくん。僕は青坂桜太郎という者だ。良ければ話を聞かせてほしい。いや、よくなくても、だ。」




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遙かあなたへ 一太郎 @keityan-saio

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