第四話 狂騒曲①

 午後5時過ぎ。ホテルに戻った周は愕然とする。誰もいないのだ。警備員も、ホテルの従業員も、宿泊客も、何もかも。カフェでも、5時を迎える前にはなぜか窓際の席の客だけ全員帰り、店員も不思議そうにしていた。とりあえず警備室に向かい、監視カメラを見る。8階の映像は全てにノイズがかかっており、見ることができない。

 もうこれは、周が8階に忍び込むしかないように思えてきた。

 周は父親に友達の家に泊まると嘘の連絡を入れ、徹夜の張り込みを覚悟した。


 ____


 青坂は早めの夕食を摂っていた。人払いの結界の準発動、本発動どちらも済ませ、外的察知の結界も張った。騎士服にも着替えたし、愛しの槍は虚数の中で煌々と輝いている。やることが戦いと回収だけになると、あとは楽だ。勝利の前祝いを楽しんでいると、通信機から通信が入った。


『室長、今日真田市にいる教団関係者のリストが算出されました。送信します。』


 送られてきたリストには、いくつか資料で見た顔がちらほら見られる。


「うち二人はただの信徒だね。戦闘要員ではない。」

『はい。そのようです。やはり特筆すべきは...』

「遠野瑞稀。呪が付与された太刀を扱う猛者だ。」

『ええ。・・・ロンの槍、これを見越してのことではないですよね?』

「もちろん、可能性としては頭の片隅にあったさ。ただ、本当に出るとは思ってなかった。」


 遠野瑞稀。騎士団員を十八名殺害している。かなりの使い手だ。


「まあなんとかなるだろう。さて....指令室、作戦報告。現場指揮官青坂桜太郎、対象の建造物屋上へ潜入を開始する。」

『指令室了解。正コマンダー:指令室長鏑木徳彦 副コマンダー:指令室次長奥村佳奈 現在指揮権は副コマンダー所有。』

「現場指揮官了解。」


 燻んだ紫色の鎧らしきものを身に纏った一人の騎士が出陣した。

 そして、それを盗み見る若者が、一人。


 _____


 周は、とてもではないが常人が好んでするとは思えない格好をした重装の男を見送った。警察の特殊機関?公安関係者?自衛隊?米軍?SF映画によく出るメンツの面々を思い返しても、彼の異質さは際立ちすぎている。


 男が去ったのを見て、そっと周は812号室から出て、男をつけた。すると男は何を思ったかホテルの屋上に出て、。あり得ない跳躍で近場のビルの窓枠を足場に、どんどん高度を上げていく。足場にされたビルの外壁のコンクリート片が下に落下する。コンクリートを砕くほどの踏み込み。果ては、ホテル周辺で最も高い建物のうちの一つ、地元の企業ビルの屋上へと消えていった。

 周はあまりの光景に腰を抜かしそうになった。あれは人ではないし、現実でもないと脳は理解する。しかし脊髄はそれを許さない。矛盾した事実の捉え方に困惑しつつ、周は急いでホテルを降り、誰もいない企業ビルへと走った。あたりは暗く、時計の時刻は8時半を示していた。


 周は企業ビルの非常用階段に難なく潜入。何せ、人がいないのだ。


「こっから屋上まで...ああーーー!!もう!!」


 階段を駆け上がる。こんなことならもっと運動すべきだった!!


 _____


「さて」


 現在時刻は8時32分。青坂はビルの屋上で辺りを見渡す。神代遺物が顕現するときには大抵予兆がある。


「・・・安易すぎない? 指令室、作戦報告。顕現予兆を発見。空間において重力特異点が発生し金色の光を放っている。」


 金印だから金色の光って、なんというか・・・チープだなあ、と若干呆れた目線を送る。

 親魏倭王の金印は小学生の歴史で習うくらいメジャーなものだが、現在保管されているものはレプリカだ。大体、大和大国の宝物が江戸時代まで土に埋まっているわけがない。

 本物は卑弥呼の死後、神秘を多く蓄えた神代遺物として虚数空間に引き上げられていた。


「異国の王に卑弥呼なんて漢字を当てる魏のいやらしさも笑えるけどね。姫巫女とかだったんだろうなあ、本当は」

『指令室作戦報告了解。現時刻より指揮権は鏑木が引き継ぐ。現場指揮官は2100まで待機』

「現場指揮官りょーかい。」


 さて、あと30分くらい暇になってしまったぞ、どうしたものか。青坂は悩んだ末、トラップを仕掛けることにした。


 青坂の奇跡特性は虚数。簡単に言えば亜空間を作り出すことができる奇跡だ。この虚数空間、離れたところに造られると互いに引きつけ合い、お互いに消滅する性質を持っている。衝突時のスピードによって現実空間にも亀裂が走る。これを利用して強めの空間の歪みを作り、空間が戻ろうとする反動で、つまり復元力で風を起こすことができるのだ。


 よって、あらかじめ遠くの方に虚数空間を作り、戦闘中、指先に小さな虚数空間を作れば、好きなタイミングで風を作れる。相手が着地するタイミングで風を起こせばよろめき、隙に繋がるので、青坂は対人戦闘においてかなり重宝していた。


「ばん!」


 青坂は指でピストルを模した形を作り、指先から虚数空間を射出。


 それが終わったあとは、静かに座って時を待った。


 ______


「ヒュー、ゼェッ、ヒュー・・・・エホッ!....はぁー、しんどい!」


 周は18階の階段でみっともなくへばっていた。あと少しで屋上だが、小休止だ。

 床に叩きつけられたスライムのように横たわり、なんとか気力を取り戻そうと呼吸に専念。立ち上がった周は、時刻が8時40分を示していることに気づき、急いで残りの階段を登った。


 そして8時45分、這々の体で屋上の入り口に辿り着いた。


 そっと屋上を覗き見ると、よくわからない金色の光と、あぐらをかいて瞑想している長髪の男が見えた。さっきの男だ。

 動かざること岩の如し、を彷彿とさせるそのあり方は、あるいは芸術品にも似た品性があった。

 しかし、内藤先輩含めた一般人におかしな魔法をかけた男だ。十分に警戒するべきだろう。周はなぜ自分が彼の魔の手にかからないのか不思議だったが、おそらく昨日の気絶で耐性を得たのだろうと勝手に結論づけた。


 周はそのまま屋上への梯子を登り、タンクの後ろに隠れた。8時48分。息を完全に整えた周は、男がどんなアクションを起こすのかそっと覗いていた。


 ______


 それは青坂にとって驚愕だった。自分の人払いの結界をものともしない一般人がこちらを見ている。教団関係者ではない、だとしたら殺気がなさすぎる。周りに誰もいなくなって、そこで怯えるのではなく自分のことを追いかけてくる胆力、行動力にも驚いた。


『現場指揮官。わかっているだろうが...』

「ええ。しかし彼には興味が湧いた。戦いを見せてみましょう。」


 鏑木司令からの通信にそう小声で答える。これであの司令も優秀な人材には目がない。騎士団スカウトのチャンスとあらば、青坂の判断も無碍にはしないだろう。


『わかった。私もそれに賛成だ。』


 青坂はニヤリ、と笑い、ありがとうございます、と言おうとした瞬間、緊張感がその場を支配した。


 外敵察知の結界に、女が一人かかった-!!!


「現場指揮官報告!戦闘準備開始!戦闘許可要請!排除対象、遠野瑞稀!!。。。なお、顕現予兆、収束した模様!」

『戦闘許可!一切の武装制限を解除する。』

「聖槍、抜錨--!」


 くらい亜空間から引き抜かれるは煌々と輝く聖なる長槍ロンの槍、或いは反逆者の血を吸い尽くした魔槍、ロンゴミニアド!


 引き抜くと同時に、聖槍は呪が染み込んだ太刀を振り払い、女を弾き飛ばす。


「輝きを!ロンの槍、奇跡拘束限定解除!」


 一段と輝きを増すロンの槍は、果たして物理的には輝いていない。しかし、その存在は明らかに重さを増し、周の心を灼く。


 弾き飛ばされた女は、中断に太刀を構え直したのち、青坂を真っ直ぐにみやる。


「神の所有物に手を出すな、痴れ者」


 青坂は何も答えない。


『奥村です。遠野の呪は毒のような特性を併せ持っています。被弾しないよう注意を!』


 可愛い後輩の声を聞いた青坂は、静かに槍を構え、豪胆に踏み込んだ。

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