第三話 円卓会議

 12月13日、朝。

 青坂は数時間前の喇叭の報告なぞまるでなかったかのように眠りから醒めた。今日からはいよいよ気が抜けない。神代遺物、金印の顕現が今日で、教団の妨害も予想されるとなるといよいよロンの槍を抜く必要が出てくる。


 青坂本人はそこまで戦闘力は高くない。確かに奇跡を操る才能はあるし、槍を操る才も人並み以上にある。しかし、個人個人で見れば青坂より強い騎士など山ほどいる。


 その青坂を騎士団内で重宝される戦力たり得る存在に昇華させているのは、やはりロンの槍の影響が大きい。

 かの騎士王がモードレッド卿を刺し貫いた聖槍、あるいはロンゴミニアドとも称される槍は、第三の喇叭がなった直後、北極の氷の中から発掘されたものだ。

 天使がなんらかの奇跡を用いたのは明らかであり、滅びを内包したものであろうことと、当時の騎士団にとって初めて管理に成功した喇叭の遺物であることが影響し、しばらくは騎士団技術部にて管理がなされていた。


 しかし、青坂が騎士団に入団した時に、ロンの槍は突如輝き、姿を消した。かと思えば、青坂の足元に突き刺さり、すなわち青坂を今代の主人と認めた。


 青坂が部屋の窓を開ける。真田市の乾いた風が青坂の頬を撫ぜ、抜けていった。


「指令室」

『はい、指令室奥村です。いかがなされましたか?』

「総監部円卓会議にロンの槍抜錨許可申請をしてほしい。用途は教団関係者との戦闘だ。」

『・・・。承知しました。総監部円卓会議へ許可申請を行います。八の承認が得られた場合はご自身でお分かりになるとは思いますがご連絡いたします。』

「ありがとう。それと、今日の15:00から人払の結界を起動する。目標ビルから半径300mほどのものにする予定だ。そこまで巨大ではないから警察への連絡は必要ないと思うけど、まあ、任せるよ。」

『そういうことは事前にですね...わかりました。こちらで対処します。』


 通信機で一通りの連絡を入れ終わった後、青坂は自らの胸に手を当て、


「これは、我らの信義を果たすための戦いである-」


 と、呟いた。


 _____


 都内某所、騎士団本部

 質素ながら力強い内装が施された大広間には九つの席と、七人の騎士があった。


「私は承認します。これは、精霊との戦いではない-」


 若い女が、胸に手を当ててそう言った。すかさず、老齢の小柄な男が口を開ける。


「湖の。お主の承認は間違いないだろう。当然これは乙女-すなわち精霊との戦いではない。だがの、儂はかなり悩んでおるぞ。あの魔人が教団相手に槍を使うなど、裏がない方がおかしい。」

「どうでしょう。あるいはあの青坂さんも心配なんじゃないですか?喇叭が鳴った。教団がくる。金印なんていうとんでもない神代遺物まで出るとあっちゃあ、ねえ。」


 老爺に反論したのはまだ年若い少年。


「悪いな小僧。ジジイは頑固なものなんじゃよ。儂は承認せん。」

「ありゃ、青坂さんも可哀想に。あの人は僕より弱いしなあ...承認したい気持ちはあるんですけど、俺も翁と同じで承認しないでおきましょう。なんてたって、これは、仲間を助ける戦いではない。青坂さん単独の戦いですしね。司令、どうせこれも想定して彼を単独で活かせたんでしょう?」


 小僧と呼ばれた少年は、イタズラっぽい目で司令を見やる。

 司令は何も答えず、ただ座っている。


「全く、嫌なお人だ。ハル、貴女はどうします?教団の妨害は貴女にとって....」

「ええ。騎士団への妨害は神殺しの妨害、神殺しの妨害はひいては星の滅亡につながる。私は承認します。 これは、星への救済である-」


 長い銀髪を持つ少女は少年への問いかけにそう答える。


「-私も承認しよう。教団の妨害を排除せねば明日への道は拓かれない。 これは、新たな道を拓くための戦いである-」


 大柄な黒人の男は胸に手を当て、言葉を残してから、席をたった。


「待て、遡行卿。卿にはまだいてもらわなければならない。」

「司令、私はこう見えて多忙だ。勝ちが見えている戦いへの会議などに出席している暇はない。」


 司令の制止を受けず、部屋を後にする遡行卿。


「やれやれだ。魔術師、貴殿はどうする。」

「そうだねえ。司令、君はどうせ承認だろう。君と、魔人も含めて承認数は五つ。すでに過半数は超えているから、僕がどうしようと槍はある程度の力を発揮する。しかも、今回の戦いはそう大規模にはならないからね、僕は不承認かな。」


 魔術師と呼ばれた男は、中性的な顔立ちをした長身の男だった。華やかな装飾、特に花びらをモチーフとしたものを多く身につけ、足を組んで座っている。


「そうか。 これは、神に対する反逆である-」


『円卓会議 決議終了 承認数5 ロンの槍、限定抜錨許可』


 司令の承認ののち、機械的な音声が部屋に響き渡った。

 ____


 午後四時。通信機から奥村の声が聞こえてくる。

『青坂室長、議決が出ました。承認数は5です。ロンの槍、限定抜錨が許可されました。』

「まあ、そうなるよね。ありがとう奥村くん。ところで、用意してくれた騎士服、デザインがちょっと変わってないかい?」

『ラント室長がぜひ青坂室長に、と。技術部の最新騎士服らしいです。』

「なんだかなあ...やっぱり彼にデザインさせると無骨になりすぎるよね。もうちょっと遊び心が欲しいなあ。こう、僕の爽やかさに合うような。」

『バカなこと言ってないでください。どうせ準備は終わっているんでしょうが、顕現時刻まで五時間を切りました。』


 通信が切れる。どうしてこう、あたりが強いのか青坂にはさっぱりだった。


 _____


 学校終わりの周は、真っ直ぐホテルへ向かった。清掃をありえないスピードでこなし、内藤先輩にお褒めいただいた後、帰るふりをして非常階段伝いに8階に潜る作戦だ。

 四時ごろにホテルに着いた周は、ホテルのチェックアウトがやけに慌ただしいことに気づく。この時間帯にチェックアウトなんて普段は絶対にありえない。何かあったのだろうか...

 近くに私服の、帰り支度をしているようにも見える内藤先輩がいたので聞いてみる。


「藤宮くん、今日は来てもらって悪いんだけど、帰った方がいいかも...お客さんはみんな急に帰るって言い出したし、私もなんていうんだろう...そうした方がいいと思う。藤宮くんの安全も...私たちの安全も、なんだか危ない気がして。」


 周には内藤先輩が何を言っているのかよくわからない。それは当人も同じようで、困惑した顔なのに、でも、そうしなければならない、という使命感に取り憑かれているようだった。


 突然の不可解な虫の知らせを、無理やり信じ込まされている客に、内藤先輩の、顔。


「あの野郎か....」

「藤宮くん?」

「い、いえ!なんでもないです!僕もそんな気がしてきました。今日は帰ります。内藤先輩、家まで送りましょうか?なんだか嫌な予感がするんなら、一人暮らしじゃきついでしょうし...」


 脳裏に浮かんだ映像越しの男を思い出しながら、咄嗟に取り繕う。内藤先輩は頬を赤らめて、藤宮の申し出を断った。


「い、いや、大丈夫だよ!藤宮くんも気をつけて帰ってね!それじゃ!」


 早足でその場をさった内藤先輩を見送り、なんだよ、あの動きは、好きになっちゃうじゃないか、と不埒な考えをしていた周は、自分の頬を叩き、意識を現実に向けさせる。


 この珍事件の黒幕が男であることはほぼ確実。であれば、やはり、尾行をしてなんらかの情報を得たい。


 周は帰るふりをしてホテル前のカフェで時間を潰し、忘れ物をとりにきたていでロビーに立ち寄ろうと考えた。


 

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