第二話 非日常への嚮導
藤宮周は9時半ごろ自宅に到着した。
一般的な広さの二階建て一軒家。
周の両親は周が幼い時に離婚したため、周は父と二人暮らしである。そして、その父はまだ仕事から帰っていない。
帰り道、9時過ぎでも営業しているありがたいスーパーで買った惣菜を食卓に並べ、一人で食べる準備をしつつ、頭の中は監視カメラのことで一杯だった。
味わうのもそこそこに手早く夕食を済ませると、シャワーを浴び、早々に眠りについた。起きているとずっとカメラのことが気に掛かりおかしくなると思ったからだ。
周の寝つきは良いので、すぐに眠りに落ち、そして、夢を見た。
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-天使が喇叭を吹いている。
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12月12日午前2時05分。
青坂は対象ビル付近のホテル、811号室のベッドの中で飛び起きた。
程なくして、緊急用の携帯が着信音を鳴らす。
「青坂だ。」
『指令室奥村です!わかってらっしゃるとは思いますが、天使が喇叭を吹きました!』
「猶予はあと何年だい?これで花の魔術師殿の予想通りになれば相当切迫しているはずだが。」
『観測上5度目の喇叭です。一回の喇叭に平均して20年程度間隔があるのを鑑みると、あと40年あるか無いか...』
「わかった。緊急円卓会議はどうせすぐ始まるだろうから、僕はもう一度寝るよ。夜遅くまでご苦労様だね、奥村くん。それでは。」
一方的に電話を切り、向かいの803号室に向かう。簡易的な武器庫となっている部屋には、黒金色の緊張が注がれている。今の青坂には心地がいい。
天使の喇叭とは黙示録に記された終焉の7つの喇叭のことだが、実態と黙示録での記され方は少し違う。
直接的な人類の絶滅は起こらないが、絶滅の引き金となりうる厄ネタを持ち込むのが天使の喇叭だ。1回目は"龍"。2回目は"魔犬"。3回目は"聖槍"。4回目は"時計"。
その時代の騎士団が総力を上げて討伐、ないし管理しようとしたがその試みは3回目を除き失敗し、未だ野放し状態だ。
「今度は何が来るのかな」
青坂は弾丸を指で弾きながら、不敵な笑みを浮かべた。
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「内藤先輩、先上がりまーす!」
四月十二日。9時ごろにバイトを上がった周は、八階に仕掛けた小型カメラからSDカードを引き抜いて-当然ながら、八階にいる人間に細心の注意を払いつつ-帰路についた。いつも通りの味気ない食事を済ませ、PCを起動し、SDカードを読み込む。
9時から0時までは一切の人の気配はない。カタカタ、とキーボードを操作し五倍速で映像を眺めていると、午前2時ごろに部屋のドアが開いた。
周は慌てて映像を止め、再生速度を等倍に戻す。すると、一人の長髪の男がドアから出てきた。するとこちらに手を向け...手を向け?
「やっべ、バレちゃったのか」
周は顔に皺を作り、作戦の失敗と、客からのクレームで自分が解雇される未来を想像しながら天井を仰いだ。多分このままカメラは破壊されて...
「いや、おかしい。だったら俺がカメラからカードを抜くとき、っていうか今もそうだけど、カメラは壊れてない。じゃあたまたまか?」
画面に目を戻す。再生を続けると、男がこちらに手を向けた一瞬、何か光のようなノイズが映像に紛れ、その光を見た瞬間、周は意識の暗部へと急速に落下した。
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周の異常に気がついたのは父親だった。
いくら名前を呼んでも周は答えず、反抗期か、寝ているかどちらかだなとあたりをつけ2階の周の部屋に向かった。すると、部屋に電気がついていた。なので、父親は反抗期の方か、と思いながら、どれ、一発説教でもしてみるかと部屋のドアを開けた。
すると、周は椅子から転げ落ちるようにして床に伏せている。流石に異常事態だと気づいた父親は、周に駆け寄り、抱き起こした。
気絶しているわけではなさそうだが、呼吸が浅い。頬を叩いてなんとか起こそうと試み、数回目で成功した。
「....父さん」
「おお、起きた!びっくりしたあ....お前何してるんだ、ほんとに」
「何って...」
周の意識が徐々に覚醒するにつれ、ぼんやりと思い出してくる。
確か、光みたいなノイズを見た瞬間に...
「父さん、ごめん、俺疲れてるわ。風呂入って寝るから、もう大丈夫」
ともかく、父を心配させてしまった。風呂に入るつもりはないが、適当に言って、心配を解かなければ。父親は何があったのか具体的な説明が得られなかったからなのか、訝しむような目を向けつつも了承してくれた。
「わかった、飯はもう食ったんだろ?ならいいさ。気をつけろよ、体調には....」
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部屋から父が出たのをみて、先ほどのデータをもう一度確認する。今度は、いつ倒れてもいいようにベッドの上で、だ。
「いや、なんとなくそんな気はしてたけどさ。」
なんというか、予想通り、男が写っている間の映像だけ綺麗に破損している。本来あり得ないことだ。だけど、今の周にはこの破損が偶然でないことも、周の意識を沈めた光が機械の故障でもないこと、そして二つの出来事は長髪の男の仕業であろうことまで、ある種の必然性をともなった事実として納得できてしまっている。
SF映画の見過ぎだろうか。確かに、周は作品から影響を受けやすいタチではある。一時期はアニメの話し方を真似て学校で揶揄われていたこともある。
しかし、やはり今回ばかりは現実に紛れこんだ異物の存在を信じ込まされる。胃のなかに無理やり鉄のクッキーを流し込むような感覚だ。
自分が簡単に認められないものを、無理やり認めさせられる感覚は、不愉快なものだった。
この違和感、不愉快な気分になった原因を突き止めなければ。半ば使命めいた感情に支配された周は決断した。明日、この長髪の男を尾行しよう、と。
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