第一話 12月11日
『青坂室長、レーダーはそこのビルの屋上に反応を示しています。顕現予想時刻は12月13日の23時から翌日3時ごろです。』
12月11日の昼下がり、人で賑わう駅南口周辺の大通りから少し離れ、それでも人は多いが、ともかく比較的落ち着いた通りにあった一つのビル。
それを見上げていると、イヤホンから女性の声が聞こえてくる。
「ありがとう奥村くん。しかし十二月、まさに師走だね。教育室長の僕に今更現場仕事をやらせるなんて何考えてるんだか。全く、上の考えはよくわかんないなぁ!」
『やめてください室長!総監部の方もモニタはご覧になってるんですよ!』
「いいんだよ奥村くん、聞かせるために言ってるんだから。」
ビルの近場にあったカフェに入り、注文をしながら青坂は憎まれ口を叩く。
『私だ』
「げっ、司令....お疲れ様です、緊急の要件ですか。奥村くんを通してくださいと申し上げているはずですが。」
『相変わらず口がへらないようで何よりだ。今回の案件、お前でなければ人死にが出ると判断した。総監部での合議による決定だ。文句を言わず.....いや、言っても良いが仕事は果たせ。以上だ。』
「人死に?ずいぶんと物騒ですね、司令。そういうことは前もって知らせていただかないとこちらとしても準備というものがですね」
コーヒーに致死量の砂糖を入れながら不満げに口を尖らせ、抗議をするが、司令からは何もない。やれ、またいつものだんまりかと言おうとしたところで、奥村の声がする。
『室長...司令は室長に要件を伝えられた後、後は頼むと指令室をお出になられました...』
「......まあいいさ。いつものことだ。ちなみに奥村くんは僕の命の危険について知っていたかい?」
『はい、しかし事前に伝えると青坂は引き受けないだろうから、と口止めされていました。申し訳ございません。』
「なんだと、悲しいなぁ!ぼかぁ涙が出てきたよ。甘い甘いこのコーヒーも塩味に変わってしまいそうだ!」
Twitterで上司の悪口を書き込みながら部下に嫌な絡み方をするという人類史上最悪と言っていい時間の使い方をする青山は、しかし外見が良いので厄介だ。
メッシュ状に白髪が入った長髪をもち、爽やかだが幼い印象も与える大きな目は碧眼。身長182cmほどの長身で、声も聞き心地が良い。
『そうおっしゃらないでください。さて、幸い今回は近くにホテルがあったので八階、つまり最上階をワンフロア貸し切っています。チェックインはもう済んでおりますので、駐車場側の非常階段から八階まで上がってお好きな部屋をお使いください。一般火薬武器は803に運び入れてあります。それでは、時間までの約二日間、良い滞在を。なお、モニタリングは切りますが位置情報は常に監視しておりますのでご留意ください。』
ブツ、と通話が切れる。それをモニタリングと呼ぶんじゃないか、と独りごつ青坂。コーヒーを飲み終え、会計を済ますと、指定のホテルへと向かった。コーヒーの領収書の宛名は、司令宛だった。
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非常階段から八階へ向かい、803号室の向かい、811号室に入った青坂は、ひとまずシャワーを浴びて、髪の毛を乾かしながら指令書を読み直した。どうせあの司令のことだ。黒塗りだった部分はもう公開されているだろう。
『顕現が予想される神代遺物は金印。かの卑弥呼が魏より贈られた金印、その実物である。本作戦は青坂桜太郎単独で金印を回収することを目的とし、回収された金印が本部管理室に納入された段階で終了とする。回収方法は現場判断に裁量権を与える。なお、教団が関与する可能性に留意すること。』
「教団が関与!?」
青坂は苦虫を噛み潰したような顔で司令所のファイルを閉じる。一気にやるべきことが増えてしまった。
まずは人払いの結界を張り、外敵を察知するための結界の準備も進めなければならない。スリッパを床に擦らせながらシャッ、シャッ、と歩き、ベッドまで移動。ばふん、と倒れ込むと、大きくため息をついてから、枕に顔を埋めたまま結界術の詠唱を始めた。
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藤宮周は、真田市に住む高校二年生だ。
一週間後に控えた期末テストに怯えながらも、新年明けに東北の方へ旅行に行きたいので、バイトのシフトはギリギリまで入れていた。
藤宮はホテルの清掃員としてバイトをしており、高校二年生男子とは思えない丁寧な仕事ぶりはホテルの従業員から一目置かれていた。
それに、藤宮は人当たりがよく、誰とでも分け隔てなく良好な関係を持つことができる。ホテルの他の従業員もその対象で、藤宮は周りの大人から可愛がられていた。
藤宮はそんな自身の性格には無自覚で、ホテルや学校をなんとなく居心地がいい場所として捉えている。そのため、藤宮もバイト先のホテル、そしてその従業員たちが好きだった。
12月11日、昼下がり。今日は土曜で午後の授業がなく、学校から直接清掃のバイトに来ていた。
2、3部屋にいつも通りの完璧なベッドメイク等を施したのち、一旦リネン室に戻り洗濯物をまとめようとした時、先輩に呼び止められた。
「藤宮くん、今日から明明後日までは8階の清掃大丈夫だから。貸切入っちゃって。」
「承知でーす。ずいぶん長い間貸し切りますね。団体さんですか?」
先輩はちょっと困った顔をしながら、ごめんなさいね、と続けた。
「私も詳しくは知らないの。」
「すみません、内藤先輩を困らせるつもりなかったんですが...とりあえず了解です!」
内藤先輩は、いえ、頑張ってね、と言ってリネン室を出て行った。
さて、藤宮には悪癖がある。
それは、探偵ごっこが大好きなことだ。
ことあるごとに小型カメラやらアマチュア無線の発信機やらを買う癖があり、それを実際に使うこともしばしば。バイトを真面目にやっていて、実家暮らしで、豪遊もしていないのに、旅費の為に期末試験ギリギリまで働かざるを得ないのはそういう訳だ。
過去、違法薬物が流れている末端の末端を見つけ、警察に匿名情報提供してみたら地域一帯の麻薬の元締めが逮捕されるといった歪な成功体験を持っており、このことが藤宮の悪癖に拍車をかけていた。
そんな藤宮が、謎の貸切客に興味を惹かれるのは、仕方がないことなのかもしれない。
_____
バイト終わり、夜9時ごろに藤宮はこっそり8階に行ってみた。仲のいい警備員さんに監視カメラを見させてもらおうとも思ったが、向こうの善意を利用しているようでいい気はしないし、何より仕事の邪魔はしたくない。
ということで、いつも持ち歩いている買い溜めていた自慢の小型カメラ、その一つをを8階に設置しようと試みたのだ。
果たしてその試みはうまく行った。廊下の鉢の中に隠れたカメラは容易には見つけられない。藤宮はワクワクしながら家に帰った。
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