とむらいの煙(2)
近見先生が犯した二件の殺人のうち、一件目の被害者は府頭先生。県大会の打ち上げのあと、酔いつぶれた府頭先生を、近見先生は家まで送っていった。そして家の中で府頭先生を殺すと、証拠隠滅のために火をつけたのだった。
そして二件目の被害者が、東山初音先輩だった。
初音先輩は、近見先生の庭で焼かれ、同じ場所に埋められていた。時間はおそらく、峰子に最後の電話をかけてから間もなく。つまり……あたしたちが
あたしはそのことを知ってパニックになり、あわてて峰子の家をたずねていったけれど、本人は意外と落ち着いていた。聞けば峰子は、あの夜のうちに、初音先輩が生きていないことを予感していたんだとか。
「だっておかしいじゃない。初音先輩は
あたしたちは初音先輩に会えなかった。そのときもう、初音先輩は殺されていたからだ《だから深月さんをあたしたちのところまで連れてきてくれたピアスの女が誰だったのかは、今も謎のままだ》。
「でも、なんで近見先生が……」
「そんなの決まってるじゃない。……チカちゃんが、呪いをかけた張本人だったからよ」
「はぁ!?」
「おかしいと思ってたの。強い呪いには、それだけ大きなリスクがつきものよ。指先を切ってちょっと血をとったくらいの呪術で、あんな大事件になるだろうかって」
峰子は暗い目をして、自分の手のひらを見つめた。
「でも、これで
「近見先生を止めようとした?」
「たぶん。初音先輩にはきっと、チカちゃんを警察につきだす気なんてなかったと思う。先輩、チカちゃんのことがすごく好きだったから。だけど……チカちゃんは口を封じるために……」
うつむいた峰子の目にようやく涙が盛り上がって、はらはらとこぼれた。
夏休みが開けて二学期がはじまってからも、学校はしばらくゴタゴタしていた。特にあの夜、放火に参加したバレー部員やバスケ部員にはショックで不登校になったり、転校していった子がたくさんいた。たぶん、これからもまだ増えるだろう。
顧問がいなくなってしまったとこともあって、両部とも無期限の活動停止……事実上の廃部ということになってしまった。
そんなわけであたしは今、将棋部の部室でひとり、将棋盤に向かい合っている。
昨日指しかけたままで止まっている盤面はだいぶ一方的で、あたしの王将が詰められるのも時間の問題という感じ。あたしはなにげなく自分の王将をつまむと、手のひらの中で転がしてみた。
将棋部は、活動停止になったバレー部・バスケ部からあぶれた生徒を吸収するため、新しく作られた部活のひとつだ。その手続きがスムーズにいったのは、これまで文化部の申請を「『遊び部』なんて作らせんぞ」と却下し続けていた府頭先生がいなくなったおかげだと聞いて、あたしはちょっと複雑だった。
やがて部室の戸が開いて、峰子と紗々美先輩が入ってきた。あたしがつまんでいる王将を見て、峰子が目の色を変える。
「ちょっと! なに勝手に動かしてんのよ」
「違うって、ただ見てただけ」
「ウソ」
「ウソじゃない」
あたしたちがにらみあっているのを見て、紗々美先輩がケラケラ笑う。
「いいじゃんミネ、ちょっとくらいサービスしてあげてもさ。負けてばっかじゃヌイヌイもイヤでしょ」
「もう充分サービスしてますって。飛車角金銀落ちですよ私。これ以上どう手加減しろっていうんですか」
「あたし的には、そのビューって突進してくるやつと、斜めにジャンプしてくるやつがいないとうれしいんだけど……」
「
峰子がブチギレて将棋盤を叩くのを見て、紗々美先輩はのけぞりながら爆笑した。顔にかかった髪をかきあげると、生えぎわのあたりに、火傷の後遺症で残ったひきつれがのぞく。それを見るたび、あたしの胸はちくりと痛むのだった。
「いやあ、ヌイヌイ面白いわホント。高校行ったらさあ、そのままミネと漫才やったら?」
「やめてくださいよ。なんで私がこんなアホと同じ学校行かなきゃいけないんですか」
「あたしだってあんたと同じ学校なんてヤだよこの陰険メガネ。それに……高校ではまた、バレーやるかもだし」
「そうなの?」
これには、紗々美先輩もちょっと意外そうな顔をする。
いや、別にまだ決めたわけじゃない。それにあたしだってこの前まで、もう一生バレーなんてやるもんかと思ってはいたのだ。
ところがついこの前、あたしのところへ一年の明石今日子がひょっこり訪ねてきた。
明石はあの日、放火に加わらなかった部員のひとりだ。なんでも詩歌先輩からあたしをハブれという指令が回った時点で反感をもって、そこから先の指示を無視していたんだとか。
で、その明石が、こんなことを訊く。
「縫せんぱい……もうバレーやらないんですか」
一応そのつもりだと言うと、明石は顔を真っ赤にして、
「あたし、縫せんぱいと一緒に試合出るの楽しみにしてたのに……」
と泣く。
まさか慕われてたとは知らず、明石のことを一方的に邪魔者みたいに思っていたあたしは、すっかり気まずくなってしまった。それでつい、「高校入ったら、またやるかもだけど……」と言ってしまったのだ。
とたんに明石は目をカッと見開いて、「ホントですか」と言う。
あたしがまだ決めたわけじゃないとモゴモゴ言うと、明石はまじめな顔をして、
「じゃあ、決めたら教えてください。そしたらあたし、せんぱいと同じ学校受験しますから。絶対ですよ!!」
と、強引に指きりして帰っていった。
それきり、明石にはまだ返事していない。
バレーを続けたい気持ちはあった。だけどあたしには、前みたいな情熱を取り戻す自信がなかったのだ。あんな経験のあとでまた、スポーツという争いに、身を入れて取り組む自信が……。
さて、せっかく思いついた逆転の一手に、
「どうぞー?」
入って来たのは、元バレー部のレギュラーで、足をやけどして以来ずっと休んでいた金光けやき先輩だった。今は休みと保健室登校を交互に続けている。
「ごめんなさい。養護の先生と話してたら、遅くなっちゃって」
「いーよいーよ。行こ」
紗々美先輩が立ちあがる。あたしたち三人はけやき先輩が来るのを待っていたのだった。ようやく事件のゴタゴタも落ち着いたので、今日は、みんなでゆっくりお墓参りをするつもりだった。
東山初音先輩のお墓参りを。
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