とむらいの煙(3)

 新学期がはじまって、あたしと峰子はこれまでに起きたすべてのことを、紗々美先輩とけやき先輩にだけは打ち明けていた。メイズさんやフランメさまのことを信じてくれそうなのが、もうそのふたりしか残っていなかったからだ。

 呪いの儀式に参加した紗々美先輩はともかく、ほとんど呪いや占いに関わらなかったけやき先輩がどんな反応をするかは少し不安だったけれど、要らない心配だった。逆にけやき先輩のほうから、こんな話をしてくれたのだ。


「私のおばあちゃん、果南かなん村の出身なの。それで、私が足にやけどしたあの日……おばあちゃん、急に騒ぎだしてね。『フランメさまが帰ってきた、みんな殺される。焼き殺される』って。それで何日かしたら……心臓発作で、本当に死んじゃって……」

 そのお葬式で家の中がバタバタしたのと、精神的なショックを受けたのとで、けやき先輩はずっと母方の実家で静養していた。そのせいで練習や大会には出られなかったけれど、おかげでそれ以上事件に巻きこまれずに済んだとも言える。



 初音先輩のお墓は、隣町の小さなお寺の中にあった。クミマミや蓮先輩のお墓参りはずっと前に済ませていたんだけど、ここだけは場所が離れているせいで延び延びになっていたのだった。

 近見先生の殺人事件がニュースを騒がせていた頃はマスコミの人たちがここに張りこんでいて、お墓参りに来た元バスケ部の子をつかまえて質問攻めにしたりもしたらしいけれど、幸い、今日は邪魔者はいないみたいだ。


 東山家のお墓には、ま新しい卒塔婆そとばが立っていた。放課後だけどまだ日は高くて、ひしゃくの水をかけた墓石はきらきらと輝いた。お寺の敷地の緑が、目に痛いくらいあざやかだ。

 あたしたちは持ってきた花束をお墓の前に備えると、お線香に火をつけた。

 白い煙がすうーっと空に吸い込まれてゆく。お寺のすぐ裏は公園になっているらしく、そこでボール遊びしている子供たちの声がここまで響いてきた。


「初音はさぁ。詩歌サンのことがうらやましかったんだよね」

 紗々美先輩がぽつんと言った。

「初音先輩が?」

「ウン。親のこととかあるからかな……アタシにはときどき、そういう愚痴みたいなことポロッと話してくれたんだ。詩歌は愛されてる。私が欲しくてたまらないものを、最初から全部持ってるって」

 真っ赤な目をしぱしぱさせる紗々美先輩を見て、けやき先輩がため息をついた。

「詩歌は反対のこと言ってたわ。自分がどれだけ努力しても、初音みたいなカリスマは手に入らないって悩んでた。……私たちみんな、愚かだったのよね。なにもいがみあう必要なんてなかったのに……」


 あたしはどうしようもないくらい、やるせなくなった。

 本当に悪いのは、いったいなんだったのだろう。初音先輩たちか、近見先生か。学校か、この街そのものか。それとも。

「誰も、戦おうなんて思わなければよかったのかな……」

 あたしがそう言うと、峰子がキッとこっちを振り向いた。

「私、そうは思わない」

「え? でも……」

「あのとき、フランメさまにメイズさんをぶつけてやろうって思いついたのは、縫が心の底からムカついたからでしょ。こんなやつらに負けてやるもんかって、最後まで闘志をなくさなかったからでしょ。だからメイズさんの予測を超えて、逆転のフラグを立てられた」

 そこまで一気に言ってから、峰子はなんだか気恥ずかしそうにそっぽを向いた。

「だから……別にいいんじゃない。野蛮人バーバリアンが、急に平和主義者にならなくったって」

「……うるさいよ、この陰険メガネ」

 あたしはくすっと笑ってもう一度、空にのぼっていく線香の煙を見上げた。

 塀の向こうで、サッカーボールがポーンと高くあがった。どんなルールで戦っているのやら、子供たちがワッと楽しそうな声をあげる。


 今なら、明石にちゃんと返事ができそうだ。そう思った。

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