燃える街、嗤う鬼(1)
お礼を言って帰ろうとするあたしたちを、近見先生は玄関先まで見送ってくれた。
「気をつけて帰ってね。最近……なんだか悪いことが続いてるから」
「……はい」
峰子とふたり、並んで自転車を押す。茜色だった空は、ゆるゆると青紫色に染まりはじめていた。
近見先生の家が見えなくなったあたりで、峰子が口を開く。
「初音先輩は……チカちゃんから聞いた話をもとに、あの儀式を考えたのね」
「やっぱ、そうかな」
「うん。先輩、チカちゃんの話が好きだって言ってたから。今の話も、聞かせてもらってたんだと思う」
どうせならその件も近見先生に確認しておけばおかったと、今さらになって気づく。とはいえ、わざわざ戻って訊くほどのことじゃないか。
「……責めないの」
ぽつりと、峰子が言った。
「なにを」
「あんたが正しかったわけでしょ。初音先輩の……ううん、初音先輩と私たちの呪いが、すべての元凶だった」
あたしは少し考えて、結局、首を横に振った。
「なんか、今さらって感じだし……」
「いいの? それで済ませちゃって」
「詩歌先輩たちは納得しないだろうけど。少なくともあたしは……そういうの、もうたくさん」
「そう……」
峰子は、フーッと細く、長い息を吐いた。
「よし。じゃ、話変えるけど。私、フランメさまを無力化する方法、見つけたかもしれない」
「ウソ。マジ?」
「マジマジのマジよ。……ちょっと耳かして」
あたしが体を
峰子のささやき声。吐息がかかって、なんだかくすぐったい。
けれど、その言葉の意味が頭にしみこんでいくにつれて、そんなのんきな気持ちはどこかへ吹っ飛んでいった。
「……どう? いけそうじゃない?」
「うん。いける。やるじゃん峰子。あんた天才」
「バーカ、大げさよ。このくらい、誰でも思いつくし」
とか言いつつドヤ顔してんじゃないよ、こいつめ。
峰子の考えた作戦なら、勝算は充分にあると思った。今夜のうちに決行すると決め、準備のためにいったん解散する。いくつか、手に入れておかないといけないものがあった。
家にむかって自転車をこぎはじめたとき、どこか遠くのほうで消防車のサイレンが聞こえた。胸の奥に黒々とした不安がわいてくるのを感じながら、あたしは家路を急いだ。
家の前まで帰りついて真っ先に気づいたのは、ガレージにお父さんの車があることだった。
(あれ。今日も夜勤じゃなかったっけ?)
不思議に思いながら玄関をくぐると、家の中は空き巣が入ったみたいに荒らされていた。そこらじゅうの収納という収納が開けられて、出しっぱなしの中身があっちこっちに小山を作っている。
その中心で、登山リュックへ服やら薬箱やらをパンパンにつめこもうとしていたお母さんが、あたしに気づいて目をむいた。
「縫! 電話も出ないでどこほっつき歩いてたの!」
言われてようやく、図書館で調べものをするためサイレントモードにしていたのを思い出した。やべっ。
怒られるかと思ったのに、お母さんはすぐ、荷造りに熱中しはじめてしまう。
「とにかく縫、あんたも早く準備して。自分の着替えくらい持ってちょうだい」
「準備って……え、なに? どこ行くの?」
「縫、ニュース見てないのか」
そう言って、ぬっと姿を現したのはお父さんだ。
「
「避難って……はぁ?」
口で説明するより早いと思ったのか、お父さんがリビングのテレビをつけた。
不安をあおるアラート音と同時に、ローカル局のアナウンサーが映しだされた。
『――で発生した火災は、現在、北東にむかって延焼を続けています。付近にお住まいのみなさんは、自治体の指示に従い、すみやかに避難してください。繰り返します。
景色がぐにゃりと歪んだ。
ふーっと気が遠くなって、天井がぐるぐる回り出す。あたしがたまらずソファに座りこむと、お母さんが荷物を詰める手を止めて、あたしを見た。
「……そんなに心配しないで。どうせここまでは来ないわよ。こういうのって、いつもちょっと大げさに言うもんなんだから。念のためよ、念のため。ね? ……それより、クミちゃん見つかった?」
「え?」
「クミちゃん。みんなで探してたんでしょ? うちにも連絡網、回ってきたわよ。焼き場でいなくなっちゃったって。まあ、あの年で双子の妹さんのお葬式なんて辛いだろうし、しょうがないと思うけど……タイミングがタイミングだからねえ」
その後もお母さんはなにか話し続けていたけど、あたしの頭にはぜんぜん入ってこなかった。
クミがいなくなった? どうして?
いっぺんにいろんなことがありすぎて、頭がついていかない。
ひとつだけわかるのは、今起きていることが全部、無関係だなんてありえないってことだけだ。すべてつながっている。メイズさんと、フランメさまに。この山火事だってそうだ。
だったら。
止めなくちゃ。
止めるしかない。あたしと峰子で。
あたしは自分のリュックを取りに、二階へ駆けあがっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます