フルメトフランメ(1)
花火の一件があって以来、バレー部員の事故はぴたりと止まった。
そして週末、土曜日。いよいよ県大会がはじまった。
けやき先輩は足を
あたしは……不調を感じたらすぐに交代するという条件で、出場させてもらえることになった。火傷した右手には、まだガーゼと包帯が巻かれたままだ。
けやき先輩たちの穴を埋めるのは、セミレギュラーの三年生たち。一年生の明石今日子も、あたしの交代要員としてベンチ入りしていた。
試合はいきなり大苦戦だった。
高身長ブロッカーのふたりがいない状況で、守りに回るのは不利だ。だから攻めまくって得点しなくちゃいけないのに、肝心のあたしがスパイクを決められない。ボールを打つたびに痛む右手では思うように狙いがつけられなくて、ラインアウトを恐がりながら打った甘い球は簡単に拾われてしまう。
どうしても攻めきれないあたしたちのプレーに、府頭先生は目に見えてイライラしていた。ベンチのメンバーも居心地悪そうにしている。
どうにか一セット目を押さえての、二セット目。詩歌先輩の最初のサーブ。
ベンチの後ろにいる蓮先輩が、詩歌先輩にサインを送るのが見えた。
いつも府頭先生が指示出しに使っているのとは違う、秘密のサインだ。意味を知っているのはあたしと詩歌先輩、クミマミ、そして蓮先輩だけ。昨日、こっそり五人で集まって決めたばかりだった。
蓮先輩のサインは「五」。
この数字は、相手のコートを六つに区切ったそれぞれの場所に対応している。「五」はあたしたちから見て右奥……相手チームにとっては後衛レフトの位置だ。
詩歌先輩のサーブ。相手の頭上を越える、エンドラインぎりぎりのコース。相手の後衛レフトはあわてて反応したけれど、レシーブをミスった。あさっての方向にボールが飛んでいく。
一点先取。でも、府頭先生は仏頂面のままだ。一方、詩歌先輩の表情には余裕が戻りはじめている。蓮先輩が出す「三」のサインを確認すると、相手の前衛センターめがけて鋭いジャンプサーブを放った。
相手にとっては完全に想定外のコースだったらしい。足元にボールが叩きつけられる。
「ドンマイ!」
相手のキャプテンが仲間をフォローするのを聞いて、詩歌先輩が薄く笑った。
次のサインは「四」。前衛レフトの位置。詩歌先輩は
でも、そうなる可能性はこっちも想定ずみだ。
相手の反撃はAクイック。セッターが目の前に上げたトスを、スパイカーが打ち込む。
クミが猫みたいに反応して、それを
サインはまた「三」だ。
瞬間、詩歌先輩からあたしへのアイコンタクト。長めのトスがあがる。Bクイック。タイミングが完璧に染みついたあたしの身体は、考えるよりも早く走り出していた。
ブロックの隙間をきれいに抜けて、スパイクが前衛センター……「三」の位置に突き刺さった。
数秒遅れて、あたしの全身をゾッと寒気が走った。
応援席から
なのに、あたしは素直に喜べなかった。なんだか酸っぱい胃液があがってくるような気分だ。
結局、二セット目、三セット目ともに二十点近い点差をつけての圧勝で、果西
午後の二回戦ではシード校相手に、またまた圧勝。二試合連続ストレート勝ちという驚きの結果で
ただ、あたしの右手は火傷の後にできたやわらかい皮がべろべろに
喜んでいたのは府頭先生も同じだ。帰りのバスでは、朝の不機嫌がウソみたいにツヤツヤした顔になって、明日は全校生徒に応援に来させるぞ、なんて鼻息を荒くしている。
だけどあたしは、どうしてもそんなムードにノれなかった。
明石も、府頭先生も知らないんだ。今日の詩歌先輩が、メイズさんの占いどおりに試合を進めていたことを。
学校に戻って解散になったあと、あたしはグラウンドの隅で、詩歌先輩を呼び止めた。
「先輩。あの……明日もあれ、やるつもりですか」
「あれ、って?」
「……メイズさんですよ」
花火事件のあった次の日から、詩歌先輩は、メイズさん占いをバレーに生かそうと考えていたらしい。
練習中にいろいろ実験をして、いくつかのことがわかった。まず、メイズさんの占いは百発百中だ。時間さえかければ、試合結果を完全に予知できる。だけど一方で、勝つために占いの結果をひとつでも変えてしまうと、積み木の塔をひっくり返すみたいに、そこから先の占い結果が全部ズレてしまうこともわかった。もしも未来を変えてしまったら、そこから先のできごとは改めて占いなおさなくてはいけない。
でも、今日の試合に勝つにはそれで充分だった。
「……言いたいことはわかるわ。確かに、占いなんかに頼るのは不公平かもしれない。でも縫たちの
「それは……えっと」
「わかるわ。縫は根がまじめだから、こういうものに頼るのは抵抗があるのよね。だけど、そんなに難しく考えることないと思うの。あなたたちの、
そう言われてしまうと、あたしにはなにも言い返せなかった。手の
もちろん、詩歌先輩の理屈はなにかおかしいと思う。だけどあたしのアタマには、それを形にする言葉がなかった。それじゃ先輩を説得するなんて、夢のまた夢だ。
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