予言VS火炎(3)
「えっちょ……なにコレ?」
「あたしに聞かれてもわかんないよ。……てか、窓からじゃなかったの?」
「……確かめてみましょう。廊下で火事でも起きたら大変だわ」
詩歌先輩が身を乗り出す。それを手で制して、あたしが前に出た。
「先輩はそのままで。……あたしが見ます」
そのくらいやらなきゃ、わざわざマンションまで押しかけた意味がない。
足音をしのばせて、じりじりとドアに近づいてゆく。
ドアからは相変わらずかつんこつん、カリカリという音が鳴り続けている。あたしは息を止めながらそっとドアノブをつかむと、一気に開け放った。
なにもなかった。暗い廊下をはさんで、向かいの部屋が見える。詩歌先輩の両親の部屋らしいそこはドアが開けっぱなしで、中は真っ暗だった。
胸いっぱいに吸いこんでいた空気を、フーッと吐き出す。
直後、マミのすっとんきょうな声にあたしは飛び上がった。
「変な虫いるぅ!」
マミが指さしたのは、あたしのすぐ足元だった。
黒光りするでかい虫が、床をもぞもぞ
ゴキブリかと思って飛び上がったけど、よく見ると違った。首のところに赤黒い模様があるし、翅もゴキブリより硬そうだ。それにしてもでかい。あたしの握りこぶしくらいだから、そんじょそこらのカブトムシ以上だ。足には細かいトゲトゲがたくさんついていて、節の目立つ触覚を、呼吸するようなリズムでゆっくり動かしている。
しかも一匹じゃない。廊下の暗さに目が慣れてくると、同じものが床や天井にもはりついているのがわかった。十匹? 二十匹? いや、もっとだ。
気がつくと、全身イヤな汗でべっとり濡れていた。
気持ち悪い。けど、音をたてたらこの虫が一斉に飛びかかってきそうで、動けない。
あたしは行きの二倍ゆっくりなすり足で、ドアからそっと遠ざかろうとした。そのときふっと上げた視線が、向かいの部屋でなにかをとらえた。
窓からさしこむかすかな明かりの中に、細長いものが立っていた。
ついさっきまではなかったものだ。
ち。ちちち、ち。
あたしたちがいる部屋の蛍光灯が、弱々しく点滅して消えた。先輩とクミマミが小さく悲鳴をあげる。
いきなり真っ暗闇に叩きこまれた――と思ったら、周囲の
青い、蛍。
ゾッとしつつも、あたしは向かいの部屋から目を離せずにいた。青い蛍どもは廊下だけでなく、そっちの部屋にもウジャウジャいるらしい。ひとつ、またひとつと青い光がともるたび、壁や天井を這いまわる黒い背中が浮かび上がってゆく。そして、部屋の中央に立っているもののシルエットも。
女だ。
枯れ木のようにやせて、長い両手をだらりと垂らしている。蛍の光を乱反射させてきらきら光っているのは、床に引きずるほどのロングドレス。肩はむきだしで、アップにした髪は炎みたいに逆立って天を
顔には、ふたつの青い光。あれは――目だ。
両目が青く燃えている。
ふいに、女がカッと口を開けた。口の中も青く発光していて、まるで悪趣味なハロウィンランタンのよう。
次の瞬間、青い蛍たちがさざ波みたいに押し寄せてきた。
「うわっ……わああああ!!」
あたしはたまらず悲鳴をあげて、先輩たちのいる窓際へ駆け戻った。クミマミも絶叫している。それでも蛍どもの勢いは止まらない。たちまち詩歌先輩の部屋は青い光に満たされて、まるで海の底に沈んだみたいになった。
「ヤダー! ヤダヤダヤダヤダー!!」
「クミ……落ち着いて! 暴れちゃダメ!!」
「もおおっ! 占いぜんっぜんハズレじゃん! 縫っちウソつき!」
「あ、あたしのせいじゃないって!!」
あたしたちはあとからあとから湧いてくる蛍に押されて、窓のほうへじりじりと追いつめられていった。
頭の中でなにかがひっかかっている。
どうしてメイズさんは間違えたんだろう。やっぱり全部あたしの夢で、メイズさんなんていなかった、とか? そんなはずはない。少なくとも、ここにフランメさまに出るってことまでは的中したんだ。だったら……。
あたしは棚の上のデジタル時計に目を向けた。蛍のおかげではっきり見える。
九時三十二分。
そして今、あたしたちが背にしているのは……。
「伏せて!!」
あたしは
直後、ベランダで白い火の玉が炸裂したかと思うと、粉々に砕けたガラスが部屋の中に飛び込んできた……。
――結論から言うと、あたしたち四人に
ベランダで爆発した火の玉。その正体は、パーティグッズの打ち上げ花火だった。紙筒を地面に据えて発射するタイプのやつ。マンション前の公園で遊んでいた大学生たちが打ち上げたそれが、詩歌先輩の部屋に飛びこんできたのだ。
大学生たちは警察に、後で遊ぶつもりで置いておいた花火が勝手に暴発したんだと言っているらしい。本当かどうかはわからない。確かなのは、花火が五発、詩歌先輩の部屋に飛んできたことだけだ。
花火の爆発は窓ガラスを砕き、散弾銃みたいな勢いで破片を飛び散らせた。
あたしたちはちょうど窓枠の真下にしゃがんでいたおかげで、その直撃を受けずにすんだ。飛び散った火花でベッドカーテンや学校のプリントが燃えはじめたときも、用意していたバケツの水ですぐに消すことができた。
あんなにたくさんいた青い蛍も、向かいの部屋に立っていた女も、花火が飛んできた次の瞬間にはもう跡形もなく消えていた。
大きな破片の中には、ベッド横の壁に突き刺さっているものもあった。
もし詩歌先輩がなにも知らずに、自分のベッドにいたら。もしくは青い蛍に追われて窓際に立っていたら……。
とにかく結果としては、メイズさんの占いを信じて正解だったということになる。
その日は大騒ぎになってしまい、結局あたしとクミマミは詩歌先輩の家には泊まらず、自分の家に帰されることになった。詳しい話が聞けたのは、次の日のことだ。
あんな事件のあとも休まず部活に来た詩歌先輩は、練習のあと、こっそりあたしを呼び出して、ジュースをおごってくれた。
「ありがとう、縫。あなたのおかげで助かったわ」
「い、いやあ、そんな。あたしの手柄じゃないですよ。すごいのはメイズさんで」
「そのメイズさんを教えてくれたのは、縫でしょう。……私、本当は不安だったの。次が最後の大会になるかもしれないのに……けやきも、蓮も参加できなくなってしまって……だけど、安心したわ。メイズさんさえあれば、私たちは負けない」
あたしはそのとき、詩歌先輩の言葉をちょっと勘違いしていた。
フランメさまの呪いなんかに、負けない――てっきり、先輩はそういう意味で言ったんだと思っていたのだ。
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