予言VS火炎(2)

 タイミングの悪いことに、詩歌先輩の両親は今夜に限って遅くなるらしい。


 あたしは、先輩をひとりにしておくのがどうしても心配だった。ボディガードとして先輩の家に泊まってもいいかとたずねると、あっさりOKがもらえた。

 するとクミマミまで「縫っちだけずるーい。クミも泊まる~!」「マミも~!」なんて言い出して、結局、三人そろって西林家に押しかけることになってしまった。


 ドーナツショップでいったん解散したあたしたちは、家に帰って明日の学校の準備をしたあと、詩歌先輩の家に再集合すると決めた。

 急なお泊まりと聞いてお母さんは渋い顔をしたけれど、夕飯のコロッケとシチュー、そしてもらいもののクッキーをおみやげに持たせてくれた。妙に気合が入っているのは、詩歌先輩のお父さんがPTA会長もやっているエライヒトだからだろう。

 まあ、大人の事情に興味はないけど、うるさく言われなかったのはありがたい。



 詩歌先輩は市内でも珍しい、ぴかぴかの新築マンションに住んでいる。マンションの正面は公園だ。

 エントランスのインターホンで先輩の部屋に連絡し、オートロックを開けてもらう。自分の家にない仕組みがちょっと楽しい。

 部屋に着いてみると、もうクミマミがあがりこんでご飯を食べていた。あたしもさっそく夕食に加わる。運動部の女子が四人もそろうと、炊飯器いっぱいに炊いたお米も一瞬で消えてなくなった。

「縫っちんのコロッケ多くない? 何人前?」

「え、ひとり分」

「ひとりで一ダースは多いなー。さすが山育ち」

「山ちゃうわ。坂の上ってだけ。ってか、別に好きで住んでるわけじゃなないから。あたしだって、ホントはエレベーターついてるマンション住みたいよ」

「そんなにいいものじゃないわよ。三階なんて、上り下りも面倒くさいし……それにそこの公園、しょっちゅう酔っ払った大学生が騒いでうるさいの。ほら、今日も」

 言われて耳をすますと、確かに男の人が数人でげらげら笑う声が聞こえてきた。たぶん、近くにある農業学校の生徒だろう。あたしたちの夏休みは来週からだけど、大学生はとっくに夏季休暇なのだ。うらやましい。


 食事を終えてシャワーを浴びると、あたしたちは先輩の部屋で、もう一度クミの腕時計を囲んだ。もちろん、メイズさんにいろいろ質問をするためだ。

「なんかこっくりさんみたいで楽しいねえ」

 マミが緊張感のないことを言って笑う。詩歌先輩は咳払いでそれを黙らせると、さっそく質問をはじめた。

「メイズさん、メイズさん。フランメさまはいつ、私のところに来るんでしょうか」

 時計の文字盤を手で隠してから、どける。針は九時三十三分を指していた。

 あたしたちは息をのんだ。今は、だいたい九時二十五分過ぎ。あと十分もない。あたしは思わず、時計のほうへ身を乗り出した。

「メイズさん、どうしたらいいの!? どうやったらフランメさんに怪我させられずにすむわけ? ねえ!」

「縫っち、待って待って。ダメだってそれじゃ」

「時計でやる占いなんだからさ。数字か、針の向きで答えられる質問じゃないと」

「あ……そっか」

 便利なようで不便だなあ、とあたしが考えこんでいると、クミが「あ、そーだ」と明るい声をあげた。

「メイズさんメイズさん、フランメさんはどこから来るんですか。それならわかるっしょ?」

 文字盤を見ると、果たして針の向きが変わっていた。長針と短針が、そろってベランダの方を向いている。

「ベランダ……窓から、ってこと?」

 もうあまり時間がない。フランメさまが火にまつわる事故を引き起こすことだけはわかっていたので、とりあえずバケツに水をくんで窓際に置いておくことにした。あとは、戸締りをガッチリしておくくらいしかやることがない。


 四人がかりで窓のほうを監視しながら、じりじりした気持ちで待つ。

 スマホで時刻を確認したら、九時二十八分になっていた。あと五分。


 かつん。


 全員の肩がびくっと跳ねる。振り向くと、部屋のドアが目に入った。


 かつ。かつ、かつん。カリカリカリカリカリ。

 小石かなにかで引っかくような音が、ドアの向こうから聞こえてきていた。

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