予言VS火炎(1)

 理科室の事故は、アルコールランプでビーカーを加熱する実験中、中の液体がいきなり沸騰したのが原因だという話だった。そのせいでビーカーが破裂してガラスが飛び散り、近くにいた蓮先輩たちが破片を浴びてしまったのだ。


 初音先輩やメイズさんの言っていたことが頭をよぎる。

 ――フランメさまに焼かれてしまえ。

 ――フランメさまは、炎の魔女。青い蛍虫ほたるむしどもはその走狗そうくよ。


 あたしのときは、ガスコンロ。

 けやき先輩はアイロン。

 蓮先輩はアルコールランプ。

 たった数日の間に、バレー部のレギュラーばかりが三人も……それも全員、「火」にまつわる事故でケガをするなんて、偶然とは思えない。

 次に狙われるのはクミたちか、詩歌先輩かもしれない。そう考えたら、あたしももう迷ってはいられなかった。



 放課後。府頭先生はあたしたちに自主練を言いつけると、蓮先輩のお見舞いのために病院へと向かっていった。

 先生の話によると、蓮先輩のケガはそれほど深刻なものではなかったらしい。数週間もすればすっかりよくなるそうだ。とはいえ何針か縫ったあとだから、当然、週末の県大会には出場できない。

 練習中、あたしは詩歌先輩とクミマミを呼び止めると、後で話ができないかたずねた。怪訝けげんそうな顔をする三人に、重ねて白状する。

「今日、あたし……フランメさまを見ちゃったかもしれなくて」

 クミとマミが顔を見合わせる。詩歌先輩は少し考えこんでから、小さくうなずいた。

「わかったわ。……練習が終わったら話しましょう」



 バレー部が解散してから、あたしと詩歌先輩、クミとマミの四人は、駅前のドーナツショップにむかった。

 外は薄暗くなりはじめていたけれど、イートインコーナーはグループでおしゃべりしている高校生や、スーツ姿でノートパソコンをいじっているおじさんなどで混雑している(このへん、あとはバーガーショップかカラオケかファミレスくらいしか行き場がないのだ)。

 どうにか壁際に空いている席を見つけて陣取ると、あたしは、この三日間で体験したことを、順を追って話しはじめた。

 右手を火傷したとき、青い蛍を目撃したこと。菅生家と、夢の中で出会ったメイズさんのこと。そして今日、理科準備室で見た青いドレスのこと……。



 話し終えたあたしに、マミが信じられないものでも見るような目を向けてくる。

「縫っちさあ……それ、マジで言ってる?」

「マジのマジだよ。あたしがこんな話、冗談ですると思う?」

「……そうね」

 詩歌先輩が言った。

「話そのものには、正直、ついていけてないところもあるけれど……縫が、けやきや蓮の怪我をダシにして嘘をつくような子じゃないのはよくわかってる。……信じるわ、その話」

「ありがとう、詩歌先輩!」

 クミとマミが、またしても顔を見合わせる。

「まあ……センパイがそう言うなら……」

「マミたちも一応いちおー信じるよ。でも、それが本当だったとしてさ、マミたちはどーすりゃいいわけ?」

「え? さあ……」

 そこまでは考えてなかった。

「頼りないなー縫っち。次は、クミたちが危ないかもなんだよ? 早くなんとかしないとヤバヤバじゃん」

「そうそう。マミ痛いのヤダ。マミんとこにフランメさまが来たら、クミに代わってもらうから」

「クミだってヤダよー。マミこそ代わってよ」

 双子はお互いの脇腹をつっつきあいながらケラケラ笑っている。緊張感のないやつら。

 一方で、詩歌先輩の表情はシリアスだ。ホクロのある額にぎゅっとしわを寄せて、考えこんでいる。そりゃそうだ。詩歌先輩にとっては、次が最後の大会なんだから。怪我で出場できないなんて、絶対にごめんだろう。

「フランメさまは、炎の魔女……だったわね。そういうことなら、名前の意味もわかるわ。Flammeフランメって、たしかドイツ語で炎のことだもの」

「じゃあ、フランメさまはドイツ人なんですか?」

 あたしが聞くと、詩歌先輩が苦笑した。

「そこまではわからないけれど。……でも、フランメさまの呪いが火に関係しているのは確かよね。だったら、火のに近づかないようにすればいいんじゃないかしら」

「おーっ。なるほど」

「でもさー、火なんてどこにでもあるよ?」

 フレンチクルーラーをかじりながらクミが言った。

 確かに、そのとおり。キッチンや理科室だけじゃない。家の仏壇にはマッチがあるし、ライターだって要注意だ。うちなんて、いまだに蚊取り線香を使ってるし、街を歩けばガス管に、車のガソリン……気をつけなくちゃいけないものが多すぎる。

「うーん。せめて、フランメさまがいつ襲ってくるかわかればいいんだけど……待てよ」

 あたしは昨日、メイズさんから最後に言われたことを思い出した。


 ――迷ったら時計を用意して、私にたずねてちょうだい。あなたがどの道を進めばいいか、教えてあげる。ハイは零時で、イイエは六時……。


(……ダメもとで試してみるか)

 クミマミがちょうど、細い革バンドの腕時計を持っていた。あたしはお願いしてクミのやつを貸してもらうと、それをテーブルに置き、小さな声で言った。

「メイズさん、教えて。今夜、フランメさまはあたしたちのところにやって来る?」

 今の時刻は、六時四十七分。あたしたちは息を殺して、文字盤の変化を見守った。十秒……二十秒……けれど、なにも起こらない。

「やっぱダメか」

 ふっと肩の力を抜いた、次の瞬間。

「縫っち!」

 マミがすっとんきょうな声をあげた。あわてて文字盤を見ると……零時ちょうどで止まっている。

「うそ」

 もちろん、誰も触っていない。


 自分で言いだしておいて、ゾッとしてしまった。だって、こんなにハッキリ不思議なことが起きるなんて思っていなかったから……。


「しかもこれさあ、『はい』だよ縫っち」

「それ、フランメさまが来るってことじゃん。ヤバヤバだよ」

 クミマミの震えた声でハッとする。そうだ。メイズさんにも驚かされたけど、今はそれよりも怖がらなくちゃいけない相手がいる。

 詩歌先輩が手を伸ばして、時計を自分のところに引っ張り寄せた。押し殺した声でつぶやく。

「メイズさん、教えて。今夜フランメさまに狙われるのは……誰?」


 時計の文字盤を手で隠してから、そっと外す。

 針はまっすぐ、詩歌先輩のほうを指していた。


「私……」

 詩歌先輩はみるみる青ざめて、紙のような顔色になった。

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