第107話 死の予感

(く……そっ……、なんだってんだ……急に……)

 ミズトは久しぶりに重傷を負った。

 この世界に来て間もなく、世界最強と言われる騎士と対峙した時以来だ。


 一発で骨がいくつか折れたが、なんとかマジックバッグから中級ポーションを取り出し飲み込んだ。


「ほぉ、回復ポーションか。なかなか狩り甲斐のある奴だ」


「ふ、ふざけんな! 急に何すんだ!!」


「ハッハッハッ、取りつくろっていた仮面が剝がれたか」


「うるせぇ! ストーンバレットッ!!」

 ミズトは『エレメントリウムの杖』をかざした。


 が、いつものように石が飛び出してこない。


「なんだ!? ストーンバレット! ストーンバレット! ストーンバレット!」

 何度も魔法を唱えるが、結果は変わらない。


「こらこら、我の領域内で魔法なぞ使えるわけなかろう。つまらんマネはするでない」


「な……なんなんだよ……」

 たしかに体内にある魔力を制御できない。

 ミズトは武器を『エレメントリウムの杖』から『女神の銀剣』に変えた。


「そうそう、しっかりと我を楽しませるのだぞ」


 表情はまったく見えないが、見下すような笑みを浮かべているのだろうと想像できた。


「くそったれがぁ!」

 ミズトは黒いもやに斬りかかった。


 一瞬、捉えたような気がしたが、何の手応えもなく黒いもやはいつのまにか横に移動している。


「これならぁ!」

 今度は薙ぎ払うように水平に斬りかかる。

 しかし先ほどと同様に、何の手応えもない。


 すると突然、黒いもやはミズトの目の前に現れ、殴られたのか蹴られたのかすら分からないまま、壁まで吹き飛ばされた。


「がはっっ!?」

 大量の血を吐きだした。

 中級ポーションでは回復しきれないほど、一撃で大きなダメージをミズトは受けている。

 即死の一歩手前だろうと感じた。


「なんだ貴様、我が見えておらんな。少しも防御できてないではないか。ほら、さっさと回復ポーションを飲むのだ」


「くそ……」

 ミズトは上級ポーションを飲み干し、周囲を観察した。


 もう理解している。

 目の前のにミズトが勝つことは出来ないのだ。

 生き残るには、逃げるしかない。


(そういえばクロはどこ行った? 無事なのか?)


「あの変わり種の犬ッコロのことなら、外まで移動させておいたぞ。安心しろ、我の獲物は貴様だけだ」


「獲物扱いか……」

 クロが無事なのは安心したが、ミズト自身は絶望的な状況だ。


 エデンがいれば何か打開策があったかもしれない。

 この世界に来てからずっと頼ってきた相棒がおらず、ミズトは自分でも信じられないほど心細く感じていた。この世界へ急に放り出された、あの時のように。


 鬱陶しいと思うことが多かったが、どれほど頼りにしてきたか改めて実感した。

 しかし頼ることができない事実は変えられそうにない。

 今できることをやるしかないのだ。


「スキル『界』起動」

 ミズトの身体が淡い光に包まれた。


「この、愚か者がぁ!!」


 が怒鳴ると、ミズトの身体を黒いもやが通り抜けていった。

 ミズトは身構える間もなく、先ほどと同様に飛ばされる姿を想像したが、様子が違った。


「ん? なんだ? スキルが……消えた?」

 ミズトを包んでいた淡い光が消え、身体能力上昇が解除されていた。


「も、もう一度だ! スキル『界』起動!」


「止めんかぁ!!」


 ミズトの身体を包んだ淡い光が、すぐに消え去った。


「そ……んな……」


「貴様、そんな小賢しいスキルなぞ使うでない! スキル後の能力低下は、ポーションでは戻らんのだぞ? 我の楽しみが減るではないか!」


「くっ……」


 ミズトは切り札を奪われ、死の予感に襲われた。

 前の世界で一度死んだことがあっても、死に慣れるなんてことはなかった。


 別にこの世界に来てやりたいことがあるわけではない。

 大事な家族がいるわけでもない。

 それでもやはり死にたくなんてない。

 この世界でも生きていきたいのだ。


「くっそぉぉぉぉぉっ!!」


 ミズトは生存本能に突き動かされ、黒いもやへがむしゃらに斬りかかった。

 避けられようが、弾き飛ばされようが、上級ポーションを使って回復しながら、何度も何度も攻撃を続けた。


「いいぞ! その調子だ! 千年ぶりの高揚感だ! もっとだ! もっと我を楽しませるのだ!!」

 はしゃいでいる子供のように、は楽しそうに戦っていた。

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