第103話 異世界生活
師弟システムによる訓練を終えた次の日の朝、勇者パーティの三人はミズトに感謝の気持ちを伝えると、王都ルディナリアを去った。
そして、セシルとクラリス姉妹も、昼頃には王都を離れようとしていた。
「ミズトさん、あなたには本当にお世話になりました。どれだけ感謝をしても足りないほどです。妹ともども、改めてお礼を申し上げます」
クラリスは、どこかの令嬢のように優雅な仕草で礼を述べた。
「そうね、姉さんの言う通りだわ。ミズト、何もかもあなたのおかげよ。ありがとう」
セシルは彼女らしく淡白に言った。
「いえ、私なんかがお役に立てたのは偶然です。私がいなくても、きっとお二人はあの困難を乗り越えられたと思います」
「そう……ミズト、あなたはやっぱりそう言うのね。でも、私の感謝は変わらないの。必ずあなたの力になるわ」
「そ、それは光栄です」
(なんだかムズムズする……)
「じゃあ、私たちは行くわ。また会いましょう」
「ミズトさん、お世話になりました。それではお元気で」
吸い込まれるような美しい笑顔が、ミズトへ向けられた。
「はい、お二人もお元気で」
ハイエルフの姉妹はミズトに挨拶すると、王都の雑踏の中へ歩き出した。
すぐにクラリスがもう一度振り返り、ミズトへ頭を下げた。
ミズトは思わず手を振って二人を見送った。
誰かに向けて手を振るなんて、いつ以来だろうか。
それはミズトにも思い出せなかったが、胸の中で何か懐かしい感情が湧いていた。
*
慌ただしい時間が過ぎ、これでやっと元の生活に戻れる。
これで、何ものにも振り回されず、自分で考え、自分で判断し、自分の好きなように生活できる。
お金もそれなりに貯め、冒険者である理由すら薄れてきたミズトは、色々なものから解放された、はずだった。
【ミズトさん、今日は休日ということでしょうか?】
セシル達と別れた後、冒険者ギルドへは向かわず、宿の部屋に戻りぼんやりとしているミズトに、エデンが声を掛けた。
(いや、そういうわけじゃないが……)
【では、それがミズトさんの目指していたスローライフというものですね。目的額まではあと少しまで来ております。スローライフと並行するのも良いかもしれません】
(スローライフ? はは……これがスローライフねえ……)
ミズトはふと、自分の目標がよく分からなくなった。
貯蓄目標の2000万Gは、B級冒険者の報酬額を考えればもう目の前だ。いや、散々ダンジョンで集めたアイテムを売り捌けば、もう簡単に超えるかもしれない。
だが、2000万G貯めたらどうなるのだろうか?
娯楽の少ないこの世界で、何をすればいいのだろうか?
そういえばミズトは、前の世界でも休日を持て余すことがあった。
普段の土日は、多少は家事もするし、買い物に出掛けることもある。サブスクで動画を観ることだってある。それなりにやることはあるのだ。
しかし、ゴールデンウイークや年末年始など、少し休みが重なる時は、何をしていいか分からない時間が出てきていた。
正直、今はそれに近い状態だった。
慌ててお金を稼ぐ必要もない。自由な時間のはずが、何もやることがない時間になっていた。
(なあ、エデンさん。異世界生活のモチベーションを高める方法って何かないか?)
【肉体的に若くとも、精神的に枯れかかっているミズトさんはモチベーションが下がっているのですね。いくつかの方法でモチベーションを上げることができます】
(枯れ……ああ、何でもいいから、その方法を言ってみてくれ……)
【まずは目標設定をすることです。自分にとって意味のある目標を設定し、それに向かって努力することでモチベーションを維持できます。小さな目標から始めて、達成感を味わうことが大切です】
(はあ)
【次に新しい学びを始めることです。新しいことに挑戦することで、自己成長を感じることができます。例えば、趣味や仕事に関連するスキルを学ぶことが効果的です】
(成長ねえ……)
【三つめは人との交流です。定期的に友人や家族と会うことで、社会的なつながりを感じ、モチベーションを高めることができます。今のミズトさんには最も必要なものかもしれません】
(友人や家族って、元の世界に戻れないんだから……)
エデンの意見はどれもその通りだとは思ったが、ミズトには参考にならなそうだった。
【もし今後の事を悩まれているようでしたら、結婚して家庭を築いてみてはいかがでしょうか?】
(結婚!?)
【人間に限らず、生きるものは成長し大人になると、種を残すために家庭を築くものです。クラリスさんあたりなら、家庭的でミズトさんにお勧めします】
(は? クラリスと? いやいやいや、何言ってんの? だいたい俺はこの世界の人間じゃないんだ。異世界から来た俺が、この世界の人間と結婚するとか、なんかこの世界を乱してるみたいで嫌なんだけど。俺と結婚したら、本来この世界で結婚するはずの相手としなくなる気がするじゃねえか。それに、前にも言ったかもしれないが、俺は中身がおっさんだ。いくら見た目が若くても、中身がおっさんの俺が若い女性と結婚するとか、どう考えても気持ち悪い)
【そうでしょうか? では、どうなさるのでしょうか?】
(んー、どうするかね……。とりあえず、クロの散歩でも行くか……)
ミズトは自分に懐いている子犬のような精霊クロを撫でた。
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イベントクエストが発生しました。
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ミズトがベッドから立ち上がろうとすると、今まで見たことのない世界ログが表示された。
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