第98話 魔物堕ち

(はい??)

「今……なんて……」


 ミズトは全身に電流が走るような衝撃を受け我を失い、もう少しでセシルに同じ言葉を言わせるところだった。たった今、辛そうに言葉を絞り出していた姿を見たばかりだというのに。


 ミズトは気持ちを切り替え、あれのステータスを改めて確認してみた。

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 堕クラリス・フルール LV93

 属性:闇

 ステータス

  筋力 :B

  生命力:S

  知力 :A

  精神力:A

  敏捷性:A

  器用さ:C

  成長力:A

  存在力:S

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……クラリス…………フルール?」


 魔物をよく見ると、本体の上部に女性の身体の形をした、彫刻のようなものが浮き出ていた。

 よほど気にしないと気づかないが、あれがセシルの姉の元の身体だと直感した。


「そう……あれは、クラリス姉さん…………。優しかった姉さんが、魔族の手によって、魔物に変えられた姿なの……。姉さんをあのままになんて、できないの! 私がこの手で、姉さんを楽にさせてあげたいの!!」

 セシルが声を出して泣きだした。


【ミズトさん、今のお話であの魔物が何か判明しました。古代種ではなく、いにしえより伝わる呪い『魔物ち』によって姿を変えた元ハイエルフです】


(魔物ち……?)


【はい。現代では確認されていませんが、千年以上前に栄えていた古代文明を滅亡させた原因と言われ、人や亜人種を強力な魔物へと変化させる呪いと伝えられています】


(そんなものが……)

 ミズトは自分でも理解できないほどの強い感情が、抑えきれずに溢れ出ていた。


 セシルは、自分の姉が魔物の姿に変わり果て、その姉に両親が殺されたのだ。

 そして、姉を自らの手で殺すために、長い間この機会をずっと追い求めてきた。


 あの時の彼女はどんな思いでいたのだろう。

 今、彼女はどんな気持ちでこの場にいるのだろう。


(くそ……どうすりゃいいんだ……)


【ミズトさん、全方位の魔法攻撃が来ます。スキル『界』を起動します】


(は!?)

 ミズトは魔物から急激に高まる魔力を感じ、周囲を確認した。


 セシルの姉だった魔物が、魔法を放つ寸前だ。

 聖女オーレリア達を見ると、魔法に気づいたクロが防御壁を討伐隊全体を包むように張っている。


 ミズトはその様子に安心しながら、目の前のセシルを守るように彼女の前へ立ち塞がり魔法を防いだ。


【どうやら離れていると、全方位魔法を放つようです。触手の届く範囲まで距離を詰めて戦う必要があります】


(ああ、もう! 勇者が言うように、撤退するしかないのか!?)


【本来ならわたしも撤退を提案します。しかし、本当にそれでよろしいのでしょうか?】


(いいわけないだろ!)

 ミズトは、泣き崩れるセシルを横目に、エデンへ言い返した。


「セシルさん、ちょっと作戦を考えますので、あなたは聖女さんやクロのいるところへ移動してください。私はあれの相手をして時間を稼ぎます」

 ミズトは、彼女の姉をあれと表現すると、心が痛んだ。


「待って……ミズト……」


 ミズトはセシルの小さな声が届く前に、魔物に向かって飛び出していた。


(とは言ったものの、どうすればいいんだ……。エデンさん、何かいい案はないのか?)


【残念ながら『魔物ち』について伝わっている情報はほとんどありません。ただし、ミズトさんが『界』を使用し全力で戦えば、あの魔物でも倒すことができるでしょう】


(それじゃ意味ないだろ!)

 ミズトは魔物の射程圏内まで入り、無数の触手を避けながら言った。


【セシルさんの手で倒したいということですね。しかし、彼女の攻撃力では『女神の銀弓』を使用しても傷一つ付けられません】


(そうじゃない。セシルの姉さんを助けられないかってことだ!)


【『魔物ち』の呪いを解くということでしょうか? 呪いが解けた事例は一つも残っておりません。現時点では不可能と判断します】


(なんだよ…………魔法があって、呪いがあって、女神だって存在する何でもありの世界だろ? 呪いの一つや二つ、解く方があるに決まってんじゃないのか? くそ……無性にイライラするな……。俺のこの無駄な力は、何の役にも立たねえじゃねえか!!)


「ストーンバレット!!」


 ミズトの放った強めのストーンバレットが、魔物の触手の一部を破壊した。


(なるほど……これだけ魔力を込めれば傷はつけられるってことか……)


 破壊された触手は、すぐに再生した。


【ミズトさん、少しの間、魔法を使って全力で攻撃してください。ただし、魔法だけで倒すことは出来ませんが、念のため彼女の身体と思われる箇所は避けてください】


(ん……? なにか考えがあるのか?)


【まだ断定はできません。しかし分析する価値があると判断します】


(光明が見えそうってことだな。分かった……エデンさん、頼んだぞ)

 ミズトは急に心が軽くなった。

 エデンが言うなら、それなりの打開策になるはずなのだ。


「なら遠慮はしない!!」


 加減を気にしない『ストーンバレット』は、戦艦の主砲のような威力で絶え間なく連射される。

 ミズトはたった一人で戦争を起こしているような戦いを見せた。

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