第97話 バケモノ

「きゃっ!?」

 突然、聖女オーレリアが悲鳴をあげた。


 ミズトが声の原因を探ると、生き残っていたエルダーリッチと二体のストーンゴーレムが、彼女たちに向かっているようだった。


(邪魔なんだよ!)

 ミズトはメンバーの一人を担いだまま、三体へ向かってストーバレットを撃ち込んだ。


 二体のストーンゴーレムはそれで上半身が消失したが、攻撃に反応し防御するように手を出したエルダーリッチは、その腕が吹き飛んだだけで済んだ。


「すみません、この方も頼みます」

 ミズトは担いでいたメンバーを聖女オーレリアの前で降ろすと、すぐにエルダーリッチへストーンバレットを連射した。


 エルダーリッチは魔法を防ごうと残った手を前に出すが、一発で腕が吹き飛び、続けて撃ち込まれるストーンバレットに、脚が吹き飛び、顔が吹き飛び、五発浴びた頃には原型を留めていなかった。

 その様子を見ていた聖女オーレリアは、何か言いたそうな顔をしていたが、自分の役目を思い出したのか何も言わず回復に専念した。


 それからもミズトはメンバーを運び続け、一番最後は勇者リアンになった。

 彼が最も攻撃をまともに受け、一番遠くまで飛ばされていたのだ。片腕と片脚を失っている。


(勇者か……)


 ミズトはあの一瞬、勇者リアンの行動が目に入っていた。

 突然現れたの攻撃に誰も反応できない中、勇者リアンだけが皆を守るように進み出ていたのだ。


【あれこそまさしく、世界を守るために選ばれし勇者の行動です】


(ああ、そのとおりだな……)

 ミズトはマジックバッグから上級ポーションを取り出し、勇者リアンに頭から掛けた。


「っっぶはぁっ! な!? 俺はどうしてたんだ!?」

 勇者リアンは回復すると同時に立ち上がり、状況を確認するため素早く周りを見回した。


「…………」


「あれ? あんた、ミズトさん? そうだ! やべえのが現れたんだ!」

 勇者リアンは何かを確かめるように、自分の両手をまじまじと見つめた。


「あのバケモノが目的のモンスターのようです」


「皆は無事か!? あれはやべえ! 撤退しねえと!」


「皆さんご無事です。あそこで聖女さんが回復に努めていらっしゃいます」

 ミズトは聖女オーレリアの位置を示した。


「そうか、良かった! 撤退だ! あれには今の俺では勝てねえ!」


「いえ、あれはどうしてもこの場で倒す必要があります。リアンさんは聖女さんのところで、皆さんを守ってあげてください」


「は? あんた、何冗談言ってんだ! あんなもの相手にする必要は……」

 勇者リアンは、ミズトが冗談を言っている顔ではないことに気づいた。


【ミズトさん、そろそろクロも限界です】


(ああ……)

「リアンさん、皆さんを頼みます」

 ミズトはそう言い残して走り出すと、

「クロッ、交代だ! おまえは聖女さんのとこへ!」


 クロは明らかに疲労で動きが鈍くなっていた。

 ミズトの指示が届くと、ほとんど聞こえない声で吠え、ゆっくりと聖女オーレリア達の元へ歩き出した。


「あとはおまえだ」

 ミズトは、セシルを襲う無数の触手をストーンバレットで全て弾きながら、セシルの元へと向かった。

 すでに、セシルの召喚した2体の精霊は倒されているようだった。




【とてつもなく魔法耐性が高いようです。ミズトさんの魔法を受けても、弾くだけでダメージがあまりありません】


(ああ。だがそれより、強引にでもセシルを一旦あれから引き離すぞ)

 ミズトはセシルの元まで辿り着くと、セシルを触手が届かない位置まで引っぱった。


「セシルさん、大丈夫ですか?」


「お父さまと……お母さまの……かたき……。あなたは何としても……私の手で…………」

 セシルにミズトの声は届いていない。

 セシルの目には、もうしか入っていないようだ。ミズトを無視して向かっていこうとする。


「セシルさん、セシルさん、落ち着いてください。あれは一人じゃ無理です」

 ミズトはセシルの両肩を持ち、揺さぶりながら言った。


「ミズ……ト……? ダメ……ダメなの……。あれは……私の手で倒さないと……」

 笑顔の似合うセシルが涙を浮かべる姿は、女性に慣れていないミズトにはこたえた。


 ミズトにもある程度は想像できていた。あれがセシルの大事なものを奪った相手なのだと。セシルの両親のかたきなのだと。

 そしてセシルは、自らの手でかたきを討つために、あれを倒すための武器を求め、エンディルヴァンド地下洞窟へ挑んでいたのだと。


 だからこそミズトが協力して、セシルの思いを成就じょうじゅさせたいと思っていた。

 しかし、あれは想定外に強過ぎた。セシルはおろか勇者リアンをもってしても倒せない相手なのだ。


「セシルさん、あれは私に任せていただけないでしょうか? セシルさん自らの手で決着をつけたいお気持ちは理解していますが……」

 ミズトでも、セシルを守り切りながら戦う自信がなかった。の攻撃は一発でも致命傷になりかねないのだ。


「ミズト……あなたでも……ダメ……。誰かに……なんて……できないわ…………」


「そうは言っても、セシルさんの魔法も弓も、あのバケモノにはまったく届いていないようです。精霊も簡単にやられてしまいました。私がいくら手伝ったところで……」


「そう……あれはバケモノよ……。でも……それでも…………あれは、姉さんなの」

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