第90話 自ら望んで転移して来た者

 ミズトとシュンタ、お互いの自己紹介を済ませた頃に出てきたのは暖かい紅茶だった。


 店内はミズトのイメージする前の世界のカフェに近く、並べてあったテーブルや椅子は、この世界で見てきた木材をただ積んだだけのそれとは違った。

 テーブルの角は丸く削られており、滑らかな上面の中央には小さな花瓶が置かれている。椅子には曲線を描くフレームがあり、座面にはクッションとして革が張られていた。

 やはりこの街の文化レベルは高いようだ。


「で、ミズト君は、この世界のことなんも知らないで転移に巻き込まれたってこと?」

 シュンタは紅茶を一口飲んでから言った。


「はい、そうみたいです」


「それで転生したとか、めっちゃツいてないねえ。スタート地点もこっちの大陸とか、完全にバグってるし」


 ミズトは、ここまでの経緯をシュンタに話した。

 包み隠さずとはいかないが、女神やエデン、自身の能力について以外は、一通り伝えていた。


「はい、何の事情も分からず、他に日本人もいない中で何とかやってきました」


「そんなんでレベル50まで上げるなんて凄いじゃん! よくそのステータスの魔法使いでそこまで上げられたね」


「それは運が良かったからです。たまたま出会った高レベルのエルフと、二人でダンジョンに入っているうちに上がったようです」


「ああ、パワーレベリングってことか……。そりゃオールEで自力じゃ無理か。言っとくけど、同じレベルでもステータスが一つ違うだけでだいぶ違うんだぜ?」

 シュンタは紅茶をもう一口飲んだ。


「そうでしたか。ではステータスにAがあるシュンタさんは凄そうですね」


「まあ、転生者のミズト君から見ればそうだろうね。ただ、天使の加護があると必ず一つAになるから、転移者の中では俺は普通かな。あ、そうか、ミズト君はガイドもなかったから、そういうのも知らないのか!」


「そういえば、ガイドって何でしょうか?」


「はは、さすがにガイドを知らない奴はこっち来て初めて会ったよ! 前の世界で、ラノベとかアニメとかの異世界ファンタジー好きの中から、この世界への転移候補者に選ばれた人間に届くのがガイドさ。そこに転移する手順や、こっちの世界の基礎知識が書かれてるんだ。俺たち転移者は、みんなそれを見てこっちに来てるのさ」


「なるほど、みなさん事前に勉強されているんですね。クランについてもガイドに書かれているんですか?」

 ミズトは興味がありそうな素振りでシュンタに訊いた。


「クラン? ああ、神楽のメンバーと会った時に聞いたのか。クランは後から活性化されたシステムだから、ガイドには載ってないよ。ちなみにクラン結成条件とか、けっこう貴重な情報だから、教えるわけにはいかないから」


「いえ、それで構いません。私はMMORPGとかでもそういうのに入らずソロで遊んでいましたので」


「ん~、そっか。ホントはクランに勧誘しようかと思ってたけど、やっぱりやめておいた方が良さそうだね。とくに今は、未所属の方が安全ってのもあるし」


「クランに所属するのは危険なんですか?」


「クラン同士の争いが激しいからね。うちも今『日本卍会』って横暴なクランと戦争中だし」


「クランの戦争って、本当に戦うって意味ですか?」


「もちろんその名の通りだよ。たまに死者だって出るさ」


(おいおい、こんな異世界に来て日本人同士で何やってんの)

「それは危険ですね……」


「ま、ゲームじゃないんだ。ダンジョンに挑むのだって死ぬ時もあるし、ここはそういうもんさ」


「なるほど、確かにそうですね……」


 ミズトは、だからこそ日本人同士で協力し合った方が生産的じゃないのかと思いながら、自ら望んで転移して来た者たちと自分の違いを感じていた。


 それから、シュンタはガイドの内容やノヴァリス大陸の状況など、何も知らないミズトへ楽しそうに説明すると、

「じゃ、俺はそろそろ行くよ。明日にでもレガントリア帝国行きの船に乗らないといけないし」

 と立ち上がった。


「ありがとうございます、色々勉強になりました。そういえば大陸間を渡る船はかなり高額と伺ったのですが?」


「まあね、片道1,000,000Gだ。つまり日本円で一千万ぐらいかな」


(なにその超豪華客船みたいな金額……)

「物凄い高いですね。私が利用することはなさそうです」


「そうだろうね。俺らもクランのメンバーで出し合って、なんとか俺だけ来た感じだし。けど、もし帝都に来るようなことがあったら、『オヤジ狩り』に顔出してよ。皆を紹介するよ」


「分かりました、その時はよろしくお願いします」

 ミズトはシュンタに頭を下げた。


「うん、元気でね」

 シュンタは手を上げると、レジでミズトの分の支払いも済ませるという太っ腹な面を見せ、店を出ていった。


(あんな年下におごられてしまったか……)


 それからミズトも店を出て、一人で通りを歩きながらシュンタとの話を思い出していた。


(中三の頃に転移してから、もう五年目って言ってたな……。ずいぶん前から転移ってあったんだな……)


【こちらの世界で初めて異界人いかいびとが確認されたのは、今から八年前になります】


(八年……。これから八年もこの世界で暮らすなんて、全然想像できないな……)


【ミズトさんは若返っていますので、あと五十年以上は暮らしていくことになります】


(はは……ちょっと自信ないかも……)


 ミズトは同じ世界から来た異界人いかいびとと話すことで、改めて異世界で生きているのだと実感することになった。

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