第89話 懐かしい違和感

 その後、せっかくの旅行気分を台無しにされたような感情で王都を歩いていると、ミズトは人込みの中に違和感を覚えた。


(ん? なんだ?)


 言葉ではうまく表現できないが、大きな流れの中に唐突にある違和感。

 それでいて何か懐かしい違和感だ。


(分かった。歩きスマホか)


【歩きスマホとはどういう意味でしょうか?】

 前の世界の言葉を使ったため、理解できなかったエデンが質問した。


(ああ、そうだな、手元で何かやりながら歩くことって言えばいいか? ほら、あいつ、手元を見ながら歩いてるせいで人の流れに乗れず、周りを歩いてる人たちが意識するはめになってるだろ?)


【おっしゃる通りのようです。彼が手元で作業をしながら歩いていることにより、歩行経路の選択判断が半歩遅く、周りの方たちに影響を与えているようです】


(そうだ。前の世界ではそれを歩きスマホって言って、それなりに問題になってるのに、なぜかやる奴が多かったんだよな。混んでる電車から降りるときに歩きスマホしてる奴は、マジで蹴飛ばしてやろうかと)


【それを言い訳に、ワザと歩きスマホの方に衝突されたのですね】


(は? そんなことはしないけど……そんなニュースあったな……。エデンさん、もしかしてホントは俺の世界の知識あるんじゃないのか……?)


【いえ、短気な中高年男性であれば、自分が正しいと信じてそう行動に移してしまう可能性があると推測しただけです】


(はは……すげえ偏見な気がするけど、かなり正しい推測だな……。ん? 俺のこと短気だって言ってるのか?)


【そんなことより、あの異界人いかいびとの方も、歩きスマホでミズトさんを不快にさせていた可能性が高いと言うことですね】


(……ああ……そうかもな。…………今なんて言った?)


 ミズトはエデンの言葉にハッとして、違和感を覚えた人物をよく見なおした。

 後ろ姿だけだが、黒髪で小さめの体型、日本人に見えなくはない。


 ====================

 シュンタ・ナカガワ LV49

 種族 :人間

 所属 :オヤジ狩り(ランク3)

 加護 :力の天使

 クラス:剣士(熟練度6)

     転移者(熟練度5)

 ステータス

  筋力 :A(+D)

  生命力:B(+D)

  知力 :F

  精神力:F

  敏捷性:D

  器用さ:E

  成長力:E

  存在力:E

 ====================


(転移者!?)


【はい、彼はミズトさんと同様に異界人いかいびとです。ステータス画面やクエスト画面を見ながら歩いているようです】


 カズキという異界人いかいびとの青年に会ったのは、この世界に来てまだ間もない頃。

 しかし、あれから半年以上が経ち、その間はたまに表示される世界ログでしか他の異界人いかいびとを感じることはなかった。

 そのせいもあるのか、こうも見ず知らずの日本人を見ただけで感慨深くなるものなのか、とミズトは自分の感情に驚いていた。


【あの方が、ニックさんの話されていた異界人いかいびとかもしれません。早速声を掛けましょう】

 躊躇ちゅうちょしているミズトにエデンが言った。


(え? いや……なんだ……、確かに懐かしい感情が溢れてきたが……いきなり話しかけるのも何だし…………)


【恥ずかしがる必要はございません。ミズトさんに比べればどうってことのない小物です。呼び止めてしまいましょう】


(エデンさん…………急に口が悪くないか……?)


【この街の人口を考慮すると、彼に再び出会うのは非常に困難です。せっかくの巡りあわせを活かしましょう。話しかけないで後悔するより、話しかけて後悔する方が良いです】


(どこかで聞いたようなセリフを……)

 ミズトは決心がついたわけではないが、ここで見失うと次が無いのはその通りなので、異界人いかいびとの後を追いかけていった。


【声を掛けないのでしょうか?】

 十分ほどミズトが異界人いかいびとの後を付いて歩いていると、待ちきれないとばかりにエデンが言った。


(ん~、こいつさっきからずっと歩きスマホだし、クランの名前もなんかねえ……。まったく仲良くなれる気がしないんだが)


【友人になろうとしているわけではありませんので、その要素は関係ないと思われます】


(たしかにそうなんだろうけど……)


「ん? 呼んだ?」

 前を歩く異界人いかいびとが、突然止まって振り向いた。


「え?」


「ああ、同じ日本人か。ビックリしたな!」


(なんだよこいつ、呼んでもいねえのに振り向きやがって)


【わたしの方で気づくように仕向けました】


(は? そんなこともできるのかい……)

「あ、どうも、はじめまして」


「まさかこっちの大陸で同じ日本人に会うとはねえ。へ~、ミズト君、転生者なんだ!」

 話しかけて来たシュンタ・ナカガワという青年は、高校生か大学生ぐらいの年齢に見えた。


「はい、転移に失敗したらしくて」


「クラン未所属でレベル50か……。ミズト君、時間ある? せっかくだからお茶でもしながら話さない?」


「そうですね、ナカガワさんが良ければ」

 二人は近くにあったカフェに入ることにした。

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