第80話 指名依頼
ある日、ベティから紹介された依頼がいつもと違い一つだけの日があった。
それはC級冒険者であるミズト指名の依頼のため、一つしか受けられない決まりらしい。
C級なんて、そもそもこの町には三組しかいないので、指名もなにもないような気もしたが、指名依頼となると報酬額が高く、普段より一
それもありミズトは何の疑いもなく受けることにした。
依頼を出したのは、このエシュロキアに住む貴族、ヘイデン・アボット子爵という人物だった。
依頼内容は直接会って伝えるとのことなので、ミズトはアボット子爵の屋敷へ向かうことになった。
正直、地位の高い人物と会うのは嫌だった。
元の世界で会社員だったのもあり、権威のようなものが苦手なのだ。
当時も、直属の上司である部長ぐらいならいいが、一つ飛ばして本部長や役員クラスに直接報告しろと言われた時は、嫌で仕方なかった。
屋敷に到着し応接室に通されると、応対したのは子爵本人ではなく執事だった。
エデンが言うには無礼にあたるらしいのだが、ミズトからすれば、子爵と会わずにすんでホッとしていた。
本題の依頼内容は、盗まれたアボット家の家宝を取り戻してほしいとのことだった。
窃盗団に盗まれたが、何とかアジトを見つけたので、あとは力づくで奪うも、忍び込んで取ってくるも、手段は任せるという話だ。
そんなものは領主に頼むか、貴族なら私兵で何とかすればいいと思ったが、子爵程度ではそれほど強力な私兵を編成できるわけでもないうえ、冒険者ギルドへ指名依頼を出すことは貴族にとって地位の象徴になっているというのだ。
変な慣習であったが、C級になったミズトは今後も続くだろうとベティに言われていた。
内容的にミズトの興味をまったく引かなくても、報酬額のわりに楽な内容なのでミズトは引き受けた。
まあ、ここまで来て引き受けない選択肢はないのだろうと分かっていたが。
それからミズトは、あまり時間を掛けても仕方ないので、昼間から窃盗団アジトを目指した。
そこは普通に町の中にあり、とくに特徴のない大きな建物だった。
(こんな町中じゃ、あまり暴れられないな。まとめて眠らせてもいいが、ニックの件と繋げられても面倒だし)
何故かエデンからのアドバイスがないが、ミズトは気づかれないよう忍び込むことを選んだ。
アボット子爵の執事からは、建物の南側が手薄だと情報を貰っていた。
中の気配を読むと、とくにどこが手薄というのはなさそうだったが、とりあえず南側から侵入をはかった。
ミズトは盗賊の基本スキル『忍び足』を持っているので、物音ひとつ立てず壁を乗り越え敷地内に入った。クロも犬ではなくブラックフェンリルだからか、難なくミズトに続いた。
ところが、侵入してそれほど経たないうちに建物全体が慌ただしくなり、中にいた者たちが南側に集まってきた。ミズトの侵入に気づいたのだ。
(あらま、バレたようだな。俺にこういうのは向いてないらしい)
ミズトは敷地内で、何人もの警備にいつの間にか囲まれていた。
窃盗団というわりにほとんどが戦士のクラスで、しっかり装備を整えた兵士のように見えた。
「何者だ、貴様はぁ! 賊が逃げられると思うな!!」
警備の一人が声を張り上げた。
(賊って……お前らが言うか?)
ミズトは一瞬で間を詰めると、声を出した警備を魔法で気絶させた。
「なっ!? 今のはスタンの魔法? 貴様、魔法使いか!」
ミズトは相手を眠らせる『スリープ』ではなく、気絶させる『スタン』を使うことにした。
『スリープ』のように複数同時に使えないうえ、接触して使用する必要があるのだが、ニック達を眠らせたのが自分であると疑われない方を選んだのだ。
「魔法使いかって、杖持ってんだからだいたい分かるだろ」
ミズトはそう言いながら、その場にいた二十人ほどの警備を次々と気絶させていった。
ただ、その動きは早すぎて、複数同時に使用したように見えるほどだった。
倒れている警備は無視し、ミズトは屋敷の中へ侵入した。
全員外に出てきていたのか、屋敷内に人の気配はもうなかった。ミズトが察知できないので、間違いないだろう。
(たしか首飾りって言ってたな)
ミズトは部屋を順番に見て回った。
高レベルの盗賊スキルに、探しものを見つけるスキルがあるらしいが、レベル11のミズトは習得していない。
深く考えずに来たものの、見たこともない物を探すのはかなり難しいと今さらながらに気づいた。
ところが、四つ目の部屋へ入ったところで、状況は一変した。
何か大事な物が入れられていたと思われるケースが壊され、中身がなくなっているのだ。
そして、その横には警備と思われる男が三人倒れており、まるでたった今強盗に遭遇したかのような印象を受ける。
(なあ、エデンさん。倒れている三人のステータスが見えないのはどういうことだ?)
【彼らはもう亡くなられているため、ステータスが表示されないです】
(なんだって…………?)
軽い気持ちで来ていたミズトに、急激な緊張が走った。
(ちょっと……待ってくれよ……。死んでるのか……?)
ミズトは辺りの気配を読み取ろうとしたが、敷地内からは自分が気絶させた者たちの気配しか察知できない。誰かが彼らを殺したとしても、それはもう去った後のようだ。
敷地の外まで意識を向けると、まだ昼間のためたくさんの人々の気配を感じる。
(ポ、ポーションを使えば……)
【ミズトさん。彼らは死んでいますので、たとえ上級ポーションでも意味がありません】
エデンはミズトの行動を制止するように、マジックバッグを出す前に言った。
(じゃ、じゃあ……)
【ミズトさん、まずは報告のため一度お戻りになってはいかがでしょうか?】
(そうだな……子爵に報告するか……)
ミズトはエデンのアドバイスを受け入れ、子爵の屋敷へ向かうことにした。
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