第79話 戻ったニック
「ニックさんの腕が戻ったのですか!?」
ミズトは言い方がわざとらしくなかったか心配になった。
「はい、信じられないことですが」
ベティはミズトから目を離すことなく言った。
「そんな不思議なこともあるのですね。私としてはニックさんの腕が治って嬉しいです」
「…………腕が再生するなんてこと、あると思いますか?」
「どういう意味でしょうか? 私には分かりませんが、治ったのでしたらあるのだと思います」
(この女……いい加減こっち見んな……)
「腕の再生なんて、魔法でしたら聖女様の奇跡ぐらいでしか無理ですが、当代の聖女様はまだお若く、レベルもそれほど高くないと言われていますので、聖女様であるはずがありません」
「はあ……」
「そうなると可能性は一つ! 高品質の上級ポーションによる再生です」
「高品質の上級ポーションなら腕が再生できるのですか?」
ミズトは目を逸らさないよう意識しながら訊いた。
「はい、そうなります。――――そういえばミズトさん。ニックさんたちと揉めていた日の夕方、『賢者の錬金釜』についての情報を購入されていますね? あれは何に使ったのでしょうか?」
「ええと、ちょっと知り合いに頼まれまして。深い意味はないです」
「そうですか……。それから、ニックさんたちが眠らされた昨夜の話に戻りますが、宿屋周辺で子犬の鳴き声のようなものを聞いたという証言があるのですが、どう思われます?」
「この町には野犬もたまにいますので、夜は徘徊しているのかもしれませんね」
「…………そうですか、ミズトさんがそうおっしゃるなら、そうなのかもしれません。申し訳ございません、この件についてはこれ以上お聞きしません」
ベティはやっと視線を外した。
【明らかにミズトさんを疑っているようです】
(そうなんだろうな。だが、いくら状況証拠が揃っても、こういうのはしらを切り通した方が勝ちなんだよ)
ミズトは政治家のような言い訳をしているなと自覚しながらも、昨夜の件について触れるつもりはなかった。
「それで、お話は三つ目もあるのでしょうか?」
「はい、あとはミズトさんの受ける依頼についてですが、私の方でお薦めを準備いたしました」
ベティは依頼書を受付台の上に並べた。
*
扉をノックする音が聞こえると、冒険者ギルド支部長のトリスターノは読んでいた書類を置き、声を出した。
「入れ」
「失礼します、支部長。ミズトさんがいらっしゃいましたので報告に参りました」
支部長室に入ってきたのは、ミズト専属の受付ベティだった。
「やはり今日から顔を出したか。それで昨夜の件はどうだった?」
「それが、まったく動揺を見せませんでした。ニックさんの腕が治ったことを聞いて驚いているふりはされていましたが……」
「なるほど、それは逆に怪しいな。動揺を見せないスキルでも持っているのかもしれん。で、ギルド証の方はどうだった?」
「はい、とても信じられないことですが、『ドラスヴェイル古代坑道』を攻略した履歴が残っていました……」
「なんだと!? あそこをソロで攻略など、レベル80以上、いや下手したら『到達者』じゃないと無理だぞ? いくらミズトでも…………。もしかしたら、我々が知らない協力者でもいるのかもしれんな……」
「ミズトさんが調合するわけないですので、たしかにそれも考えられます……」
何が何だか分からなくなってきた二人は、この問題を冒険者ギルド本部に報告することなく、一時的に保留することに決めた。
*
ミズトは元の生活に戻っていた。
冒険者ギルドの依頼は、ベティがミズトの要望を汲んで、報酬がなるべく高額なうえにダンジョン内で泊まる必要がないものを厳選してくれていた。
なんとも有り難い存在だ。
それと、ダニエルとボニー兄妹のところへ顔を出すことも再開した。
久しぶりにクロに会えたボニーの喜びようはひとしおで、その微笑ましい光景をダニエルと並んで一時間ほど眺めていた。
そして、教会への訪問も再開した。
ニックと面と向かって会うのは、彼が片腕を失ったことを知った、あの日以来だった。
「ミズト君はもう来ないのかと思ってたけど、今日は助かったよ!」
教会からの帰り道にニックが言った。
「すみません、ちょっと半月ほど留守にしていましたので、だいぶ空いてしまいました。ニックさんは、あれからも来ていたのですね」
腕を失い、冒険者を休業していた間も、ニックは欠かさず教会に訪れていたことを知り、ミズトは驚いていた。
「まあね。僕にとって、これは生きる目的の一つだからね」
(ったく……いい奴過ぎて疲れんな……)
「さすがニックさんです。それにしても腕が治って良かったですね」
「ああ、これには僕も驚いたよ。いったい何が起こったのやら……」
ニックは失っていた右腕をジッと見つめながら言った。
「冒険者には復帰されたのですよね?」
「うん、腕が戻ったからね。これでミズト君も気に病む必要はないから!」
「はい、恐縮です」
(そのためにわざわざあそこまで行ったんだしな)
「そうだ、急に思い出したんだけど、ちょっと面白い噂を聞いたんだ!」
「噂ですか?」
「ミズト君は王都ルディナリアへ行ったことあるかい?」
「いえ。王都の名前も今初めて聞きました」
「そっか。ならキミじゃないことは間違いないね。最近、王都ルディナリアに
「
(高額な支払いをして海を渡ってきたってことか)
「王都でも目撃情報はほとんどないからね。冒険者仲間で噂になっているのさ。ミズト君は同じ世界から来たんだろ?」
「はい、たぶんそうだと思います」
「なら、キミからすれば仲間だ。王都へ行く機会があれば会ってみるといいかもね」
(ん? もしかしてそれが言いたかっただけ?)
【異世界から独りでやってきたミズトさんに、同情しているのかもしれません】
(はは、さすがニックだ……)
「そうですね、機会があれば会ってみます」
この世界に来てから出会った
彼はすぐに連れて行かれてしまったため、ちゃんと話すこともできなかった。
いくら周りに興味が薄いミズトと言えども、同じようにこの世界へ転移して来た日本の若者たちが、いったいどう過ごしているのか気にはなっていた。
もし王都に行く機会があれば、ニックの言うように
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