第77話 遥か遠くの異界人
「おい、ベティ。ミズトがC級に上がってから、依頼を一つも受けてないって本当か?」
鹿の獣人トリスターノは、冒険者ギルド受付のベティを事務所で見つけると、そう声を掛けた。
「支部長? はい、アナング商隊捜索の報告に訪れ、そのままC級に昇級したあの日以降、ミズトさんは一度も依頼を受けておりません。それどころか、その翌日から彼の姿を見た者もいないようです……」
ベティは暗い表情で答えた。
「ちょっと待て! C級に昇級した日って、十日以上も前だったよな? あれ以来、姿も見せないのか?」
「はい……」
「まさか、ニックの件もあって、町を出ていったのか?」
「分かりません。しかし、一つ気になるお話もあります」
「ん? なんだ? 話してみろ」
トリスターノは近くの椅子に腰を下ろし、ベティにも座るよう促した。
「実は、あの日ニックさん達と揉めた後、夕方ぐらいにミズトさんが再び訪れて、ある情報を買っていったそうです」
「情報? 依頼を受けずにか?」
「はい。その情報というのが『賢者の錬金釜』の入手方法でした」
「賢者の錬金釜だと? あれは薬師や錬金術師が使う魔法具だが、かなり上位な者にしか必要のない代物だぞ? 何に使うんだ?」
トリスターノは太い腕を組みながら言った。
「分かりません。しかしそれが、最後にミズトさんが冒険者ギルドを訪れた記録になっています」
「賢者の錬金釜ねえ……。ちなみに、奴に教えた情報はどんな内容だ?」
「ミズトさんにお伝えした入手方法は、エシュロキア北部山岳地帯にある『ドラスヴェイル古代坑道』のダンジョンボス宝箱です」
「ドラスヴェイル古代坑道!? 待て待て、あそこは近くに町もなく、適正ランクがD級以上なんで、誰も近づかないようなダンジョンだぞ?」
「はい」
「しかも地下四十階まであって、ダンジョンボス攻略となったら、A級パーティが挑むようなとんでもない場所だぞ?」
「はい」
「まさか行ってないよな……?」
「分かりません……」
二人は嫌な胸騒ぎがしてならなかった。
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ミズト・アマノさんが『ドラスヴェイル古代坑道』を攻略しました。
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*
日本人にしては体の大きな男が、音を立ててガサツに扉を開け放った。
「ヒロさん! さっきのログ見たか!?」
「コウダイさん。ここはヒロさんのいるクランマスター部屋です。もう少し静かにしていただけませんか?」
部屋の中にいた女性が、冷たく言った。
「ああ? ミオ、てめえ、なに四団長の俺に意見してんだ?」
コウダイと呼ばれた大男は女性に詰め寄った。
「四団長でしょうと関係ありません。ヒロさんの面前です。静かにしてください」
「なんだと? ヒロさん直属だからって調子に乗ってんなよ?」
「コウダイ、そこまでにするんだ」
別の男がコウダイを制するように言った。
一見、インテリヤクザのような風貌で、三十代半ばぐらいの痩せた男だ。
「ヤ、ヤスさん、あんたもいたのか……」
コウダイは痩せた男の存在に気付くと、怖気づいたように声が小さくなった。
「ああ、お前と同じだ。あの世界ログを見て来たとこだ」
「そ、そうだ! あのログだよ! 『ドラスヴェイル古代坑道』なんて聞いたことないぜ!? どこのクランが攻略したんだ?」
「ちょうどその話をヒロさん、ヤスノリさんとしていたところです。コウダイさんも来ましたので、改めて状況を整理します」
いかにも有能な秘書といった雰囲気を持つミオは、ノートのようなものを開いて話を続けた。
「まず攻略した人物ですが、ミズト・アマノという者の情報は一つも出てきませんでした。残念ながら所属クランは不明となります。しかし、ソロでダンジョンを攻略していますので、クラン補正だけでなく、クランスキルも使用できると考えます」
「クランスキルだと? 待てよ、つまりランク4以上のクランに所属してるってことか?」
コウダイは表情を曇らせた。
「ええ、クランスキル無しでソロ攻略なんて考えられないです。きっとランク4クランの『日本卍会』か『もふもふ横丁☆』どちらかでしょう。――――続いてダンジョンについてですが、『エシュロキア迷宮』と『ドラスヴェイル古代坑道』は二つともガイドにも地図にも載っておらず、冒険者ギルドからの情報購入も拒否されたと念話で連絡がありました」
「拒否されたってことは……」
「そう、コウダイさんの想像通り、この二つは新大陸のダンジョンと考えて良いと思います。今までに冒険者ギルドが情報の販売を拒否した例は、新大陸に関わる情報だけですので」
「チッ、新大陸か。近けりゃソロで攻略したって奴の顔を見に行きてえとこだったのによ。ヒロさんだって興味あるだろ?」
コウダイが部屋の奥に座っている男へ話を振ると、ヤスノリとミオもその男に注目した。
それまで黙って話を聞いていた男は、立ち上がってコウダイたちの前まで進んだ。
コウダイよりは背が低いが、それでも180センチ以上の背丈で二十代半ばぐらいの男だった。
「そうだな、それほどの手練れなら会ってみたいものだが、それよりもカズキの行方だ。新大陸に向かったカズキからの連絡が途絶えている。ミオ。カズキの調査を優先してくれ」
「承知いたしました」
ミオが深く頭を下げると、ヤスノリとコウダイも続いた。
*
「てめえら、まだ分からねえのか!!」
部下に怒鳴り散らしたのは、全身にタトゥーが入った人相の悪い男だった。
「す、すみません、ジンさん……誰も聞いた事ないダンジョンでして……。ガイドにも載ってないようで……」
革鎧を装備した盗賊風の男が、片膝を着いたままそう答えた。
「使えねえ奴らだ。まあいい。で、『オヤジ狩り』の連中はどうした?」
「へい、アイツら帝都から出ようとしませんね。どうも他のクランと同盟を組もうとしてるらしいです」
「同盟だ? そいつは都合がいいじゃねかえか。まとまってくれた方がやりやすいからな」
「所詮は烏合の衆。何人集めようが俺ら『日本卍会』の相手じゃねえっす」
「だな! ガーハッハッハッ!!」
ジンの大きな笑い声が辺りに響いた。
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