第76話 ミズトとニック

「…………え!?」

 ミズトは久しぶりに心臓の鼓動が早くなっていると自覚した。


「いいか、てめえ! この町で二組しかいねえC級パーティのメンバーで、正義感が強く皆に慕われ、この町の英雄と言っていいニックが、てめえのせいで腕を失って、冒険者を辞めるかもしれねえんだ!!」


「そんな……」


 ミズトは爽やか好青年のニックが苦手ではあったが、嫌いではなかった。

 とくに、一緒に孤児院へ行くようになってからは、彼がただ純粋でまっすぐなだけの人間であり、この町の人々にとって、そしてあの孤児院にとって、とても大事な人物であると分かってからは、少し応援しているぐらいだ。


 そんな彼が、自分のせいで冒険者を辞めるかもしれないと聞いて、さすがに心中穏やかではなかった。


「どうしてくれるんだ、てめえ! あいつがどんな思いで冒険者をやってんのか……!」

 ダンカンは少し涙ぐんでいるように見えた。


「申し訳ございません……」


「謝っても、許されねえって……言ってんだよ!」

 ダンカンは抑えきれずにミズトに殴りかかった。


 ミズトならレベル50台の格闘家が本気で殴ってきても簡単に避けられる。

 しかし、今は避ける気が起きなかった。ミズトは、このまま殴られるつもりで目をつむった。


「待って、ダンカン! そこまでだよ!」


 ミズトに当たる直前、ダンカンは声を聞いて拳を止めた。

「ニック……!?」


 いつの間にか集まっていた群衆を割って現れたのは、ニックだった。

 ダンカンが話していた通り、右腕を失っているようだ。


「いいんだ、ダンカン。拳を収めてくれ――――。やあ、ミズト君。久しぶり、ってほどでもないか。この前孤児院に行ったばかりだしね」


「ニックさん……その腕……」


「ああ、これね。ちょっとミスちゃってさ、僕としたことが。ダンカンが何言ったか分からないけど、気にしないでね」


「何言ってんだ、ニック!」


「いいんだよ、ダンカン!」

 ニックは片方しかない手の平をダンカンに向けた。


「その腕……私のせいで……?」


「ん~、たしかにキミが僕らの近くを通った後、大量のモンスターを同時に相手する場面にはなったけど、対処できなかったのは自分たちのせいだ。ミズト君のせいではないよ。それに、いつも落ち着いていて感情を表に出さないキミが、それほど動揺してるんだ。わざとじゃないってことでしょ?」

 ニックは左手でミズトの肩に手を置いた。


 ミズトの記憶にあるニックは、いつも鎧を装備しているか、町中でも鎧の中に着込む鎖かたびらは装備していた。

 そして脇には必ず戦士として大事な剣を携えていた。


 ところが今は、その辺を歩く町民と同じような布の服を着ていて、剣は装備していない。

 右腕が通っていない垂れ下がった服の袖が、強い悲壮感をミズトに与えていた。


「もちろん、故意でこのようなことは……」


「ほら! だからキミが気に病むことはないよ。僕らは冒険者だ。事故でこうなることは覚悟の上だしね! さあ、ダンカン、帰ろうか」


「ああ、お前がそう言うなら……」

 ダンカンからは悔しさが滲み出ている。


 去っていくニック達を、ミズトは声を掛けることもできずに黙って見送った。

 何て言えばいいのか分からなかったのだ。


(そりゃあ冒険者なら、そういうこともあるだろうけど……)


【ニックさんは未来ある若者なのに、こんなことになって落ち込んでいることでしょう】


(…………)


【ニックさんの寄付で成り立っている孤児院も、これでは立ちいかなくなるでしょう】


(…………)


【それでもミズトさんはいつも通り『他人が何しようがどうなろうが知ったことではない』ということでよろしいでしょうか?】


(………………そんなわけないだろ)


【では、さすがにニックさんに同情し、罪悪感にさいなまれておられるということでよろしいでしょうか?】


(エデンさん、お前は何が言いたいんだ……。いいか、俺は別に善人ってわけじゃないが、悪人ってつもりもないんだぞ? ニックの言う通り冒険者が事故で腕を失うようなことは、この世界では当たり前のことで俺が気にするようなことじゃない。けどな、それが俺のせいなら、俺だって悪いことしたなって感じるんだよ!)


【つまりミズトさんも責任を感じられているのですね】


(まあ……そうなるな……)


【では、どうされるのでしょうか?】


(どうって…………!? くそ、なんかエデンさんのこと嫌いになりそうだ……。なあ、エデンさん、高品質の上級ポーションなら腕を再生できるようなこと言ってたよな?)


【はい、そのとおりです。なお、今のミズトさんなら材料さえ揃えば、五十%の確率で高品質の上級ポーションを調合可能です】


(上級ポーションの調合に必要な材料はなんだ?)


【『エーテルの雫』『生命の葉』『賢者の錬金釜』になります】


(『エーテルの雫』はストックが溜まってるし、『生命の葉』は『ギール地下遺跡』の地下二十階あたりでよく見かけたな……。『賢者の錬金釜』ってのは何だ?)


【それは素材ではなく、調合時に使用する魔法具になります。なお、魔法具は店舗やギルドで購入することができ、また、ギルドから入手方法を購入して自分で見つけることも可能です】


(なるほど。買えるような値段なら買えばいいが、高額な場合でも自分で探す手段があるってことか)

 ミズトは、自分の行動のケジメは自分でつけると決心していた。

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