第73話 盗賊の隠れ家
クロは山道とは逆方向に獣道をグングン進んだ。
生い茂る草木の密度は高まり、山岳地帯の奥へ行くほど深い自然が広がっているようだった。
そのぶん人の気配は薄れ、野生動物やモンスターの気配が強まっていく。
ただ、この一帯は低レベルのモンスターしか生息していないようで、遭遇したところで危険はなさそうだった。
「ああ……なんて可愛いお尻かしら……」
前を進むクロを見てクレアが漏らした。
それってある意味セクハラなんじゃないかとミズトは思ったが、クレアのことは無視して王国騎士エドガーに話しかけた。
「お二人は夜営の準備もされているのでしょうか?」
「もちろんだ。捜索が一日や二日で終わるとは思ってないからな。ふむ、そろそろ夜営の準備を考えた方が良さそうか」
空はまだ明るいが、陽が沈むまでそれほど時間はかからないだろう。
今日は二つの月が大きく出ている日と言っても、月明かりだけで山の中を進めるわけではない。
明るいうちに夜営できる場所を見つけ、準備を進める方が良いのだ。
クロが向かっている方向は、ミズトが複数の人の気配を察知した場所だ。
辿り着くのにあと半日以上は掛かりそうなので、ミズトとしては夜営せざるを得ないと思っていた。
仕方なくエデンに近くの川の位置を聞き、ミズトは川の音がすると嘘をついて二人を川岸まで連れて行った。
「あら、本当にあったわね……」
疑心暗鬼でついてきたクレアが、川を目にして言った。
「はい、思ったより大きめの川で良かったです。この河川敷なら夜営もできそうですし」
ミズトは荷物を置いて、夜営の準備を始めた。
「ミズトさん、これも
「川を見つける能力がってことでしょうか? 私は他の
「ええ、そのとおりよ。隣のノヴァリス大陸からこちらの大陸に渡るには、レガントリア帝国の港を経由する必要があるのだけど、船を利用できるのは帝国国民か、高額な支払いをした者だけなの。
「はい。私は最初からこちらの大陸に来ましたので」
「そう、そういうこともあるのね」
「そのようです」
(なあエデンさん、女神がワザとやったのか?)
【何かの手違いか、女神アルテナ様に深いお考えがあるのかもしれません】
(つまり分からないってことか……)
ミズトとしては他の
*
翌日、ミズトたちは朝早くに出発すると、昼頃には目的の場所に到着した。
クロが指し示したのは、盗賊の恰好をした見張りのいる洞窟入口だった。
「あれは盗賊の隠れ家ってことかしら……? エドガー、どう思いますか?」
「はい、クレア様。あの様子では自分もそのように思います。あの中にアナング商隊と護衛の冒険者が捕らえられているのかもしれません」
「そうね……」
ミズトは二人の会話を聞きながら、中の気配を辿っていた。
五十人ほどの人物がいるようで、そのうち悪意を感じない者が十人いる。全員、衰弱しているように思えた。
残りが全て盗賊だとして、レベルは四十台がいいところだが、数が多すぎる。
レベル57の王国騎士でも戦闘になったら多勢に無勢だろう。
(どうするつもりなのか、お手並み拝見っていこうか)
【ミズトさんなら一秒もあれば全員殺害できます】
(…………物騒なこと言うな)
【もちろん冗談です。今のミズトさんなら上手く加減ができるでしょう】
(冗談ね……)
エデンに肉体があれば、頭を引っぱたいてやりたかった。
「ミズトさん、あなたはここで待機していて。エドガー、あなたは二人の見張りのうち、右をお願い。私は左ね」
「ク、クレア様も戦うのですか?」
エドガーは慌てて聞き返した。
「当たり前よ! これは私とミズトさんが受けた依頼なのよ!」
「そ、そうなのですが、相手はモンスターではなく人間です! しかもE級冒険者パーティが太刀打ちできないような」
「分かっているわ! だから今回の目的はあくまで救出よ! 盗賊団を全員捕らえるつもりはないわ!」
「それなら良いのですが……」
エドガーは仕方なさそうに引き下がった。
ミズトから見ても、クレアが状況を本当に理解しているのかどうか不安だった。
それでもエドガーが強く止められないのは、エドガーもいざとなればどうとでもなると思っているのか。それとも、クレアの行動を尊重し、彼女の自由にさせたいと思っているのか。
何にしてもミズトには、護衛騎士として失格のように見えた。
それからクレアとエドガーは、見張りに気づかれないよう、木の陰に隠れながら分かれて近づいていった。
クロでもいない限り、洞窟の入口は簡単に見つけられないほど、茂った木々に隠れて分かりづらい。言い換えると、周りには隠れる場所がいくらでもあるのだ。
おかげでクレアのように素人の身のこなしでも、難なく入口近くまで辿り着くことができた。
見張りの盗賊は、洞窟入口の左右に一人ずついる。
どちらもレベル20で、中にいる者に比べれば低く、下っ端なのだろう。
しかし、エドガーならまだしも、クレアでは奇襲に失敗すると危険だった。
「えいやぁぁぁぁぁーーっ!!」
突然、クレアが声をあげて見張りに襲いかかった。
「なっ、なんだ!?」
声に反応した見張りの盗賊は、持っていた短剣でクレアの剣を受け止めた。
(…………あの小娘はアホなのか?)
いかに気づかれないようにするか、がこの戦闘の要だったはずが、自らそれを壊したクレアの行動に、ミズトは呆れた。
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