第72話 商隊の痕跡
「クロが何かを発見したのかもしれません。行ってみましょうか?」
ミズトはクレアに言った。
「そうね……モンスターかもしれないから、警戒しながら行ってみましょう」
「クレア様、ここは自分が先に」
エドガーがクレアより前へ出てきた。
「では、三人で慎重に行きましょう」
ミズト達は一瞬顔を見合わせると、山道から逸れ、草木をかき分けてクロの吠える方向へ入って行った。
(臭っ!?)
少し進むと、強烈な腐敗臭が鼻を突いた。
ミズトの頭に、最悪の事態がよぎる。
「見て! 馬車のようなものがあるわ!」
臭いに気づいていないのか、草木が生い茂る中、クレアは
「お待ちください、クレア様!」
エドガーが慌てて後を追う。
(おいおい、大丈夫か?)
平和に育った王女様が、
ミズトはそう思っていだが、クレアからは予想と違う言葉が続いた。
「二人とも、早くこちらへ! これを見てちょうだい!」
クレアが手招きをする。
「ど、どうされました!?」
エドガーはすぐに答えた。
ミズトも従順なフリをしながら、クレアの元に駆け寄った。
「これは、きっとアナング商隊の馬車ね」
クレアが指を差した場所には、壊れた馬車が横たわっていた。
彼女の言う通り、馬車には『アナング商隊』の文字が見える。
近くには馬の死骸があり、臭いはそこからのようだ。
「ひ、人はいないのかしら……」
クレアが辺りを見回しながら言った。
そう、そこが問題なのだ。
馬車の周辺に血痕のようなものはあるが、馬の死骸以外は見当たらない。
ただ、武器や防具はいくつか散らばっていた。
「クレア様、中を確認いたしましょうか?」
エドガーが馬車に近づきながら言った。
「そ、そうね、お願いするわ……」
クレアが馬車の中を覗くのを怖がっているのは明らかだ。
そして、同じようにミズトも中を見る気にはなれなかった。
人はモンスターと違い、死んでも肉体が消滅したりしないのだ。
(エドガーちゃん、よろしくお願いします!)
ガチャっと、馬車の扉は簡単に開いた。
エドガーは中を覗き込むと、
「誰もいないようです!」
と、振り向いて言った。
「そう、良かったわ……」
クレアとミズトはホッと安堵した。
(あー、ちょっとビビった。それにしても、馬車を置いていったってことか?)
【盗賊に襲撃されたようです】
エデンが簡潔に答えた。
(盗賊?)
【はい、馬車に何本か矢が刺さっています。馬も爪や牙ではなく、剣などの武器による怪我を負ったようです】
(なるほど、そういうことね)
ミズトは馬を見ずに答えた。
「クレア様、彼らは盗賊に襲われた可能性がございます」
エドガーが馬を調べながら言った。
エデンと同じ考えのようだ。
「盗賊に連れ去られたというの!?」
「はい。モンスターではなく、武器を装備した人間に襲われた形跡があります。この辺で戦闘したようですが、血痕が少ないので拘束されたのでしょう」
「そう……面倒なことになったわね……」
行方は分からないままだが、痕跡は見つけた。
E級パーティを拘束できるほどの盗賊団が相手なら、それなりに体制を整えるのが普通だろう。
とりあえず一区切りがついたはずなので、ミズトは町に戻ることを提案した。
「これで捜索は完了でしょうか? ギルドに戻って報告しましょう」
「は? あなた、何を言っているの? 拘束された方々を見つけてもいないのに、完了のわけありませんわ。それに、これは一刻を争う状況よ。すぐにでも追いかけますわ!」
クレアは責めるようにミズトを見て言った。
(自分は戦えないくせに、この小娘は何を言ってるのか。王国騎士がいるからどうとでもなると思ってるんだろうけど、どうにもならない可能性だってあるんだぞ?)
【たしかに、盗賊団の規模やレベル次第で、エドガーさんでもどうにもならないことはあり得ますが、ミズトさんがいればどうとでもなります】
(それはこの王女には関係ない話じゃね…………?)
ミズトは、クレアが正義感なのか使命感なのか、そんな何かで突き動かされているのが気に入らなかった。
急いだ方がいいのは分かるが、出来ることは何なのか客観的に考えて行動してほしい。
理想ばかり熱く語る本部長のせいで、実際は下の社員にしわ寄せがいくだけの本部目標を思い出した。
(下からの不満と、上からの指示に挟まれる身にもなってくれよ)
ミズトは少し関係ないことまで思い出して、イライラしていた。
「追いかけると言いますが、どうやって追いかけるのでしょうか? 我々三人で歯が立たない相手だった場合はどうされるのでしょうか? いざとなったら自分を犠牲にして王女様を
「は? あなた、何が気に入らないのかしら? 引き受けたからには最善を尽くすのではなかったの?」
「いえ、気に入らないなんて、とんでもありません。もちろん最善を尽くしますが、ここは戻って報告し、冒険者ギルドに捜索隊を大規模に組んでもらった方が、より良い選択肢なのではないでしょうか?」
【ミズトさんにとって、最善と全力は違うようですね】
(エデンさんはちょっと黙ってて)
「…………あなたの言いたいことは分かったわ。でも、それでは手遅れになるわ! 少しでも救出の可能性があるなら、私はそれに賭けたいの!」
「すぐにでも見つけださないと、殺されてしまうのではないか、とおっしゃりたいのですね」
「そのとおりよ!」
【ここは邪魔なクレアさん達には報告に戻ってもらい、ミズトさん一人で捜索するのが最善かと】
(だから黙ってろ!)
「そうですか……」
連れ去られたとしたら二日前。
どちらにしても、手遅れなのか無事なのかは、もう決まっているんじゃないだろうかとミズトは思っていた。
殺すなら殺しているだろうし、生かすなら生かしているのではないか、と。
ミズトとクレアの間に少し沈黙が流れると、馬車の周辺を嗅ぎまわっていたクロが一つ吠えた。
「ワン!」
「ん? クロ?」
「ワンワン!」
クロは何かを訴えるように、ミズトを見ながら吠える。
「…………まさか、匂いを追えるのか?」
「ワン!」
そう。人の捜索という上では、ミズトよりも遥かに優秀な名探偵がここにいたのだ。
「え!? この子は匂いを辿れるって言っているの!?」
クレアが驚いてミズトに訊いた。
「はい、そのようです。クロは迷子捜しなども得意ですので」
「まあ! なんて賢い子なのかしら! とても素晴らしい犬だわ! ああ、なんてモフモフなの……!!」
クレアはクロに近づくと、便乗して顔を摺り寄せた。
「ミズト。こうなったらお前も来るよな?」
エドガーがクレアの様子を横目に言った。
「……はい。クロに追ってもらう必要がありますので、私も同行します」
「そうか、頼むぞ――――。クレア様! それはもういいので、参りましょう!」
「ああ……そうね……一刻を争うのですものね……」
クレアは名残惜しそうにクロから離れた。
「では行きましょうか。クロ、頼むぞ」
ミズトはクロに指示を出した。
「ワン!」
クロは慣れたように匂いを追跡し、そのまま森の奥へと入って行く。
ミズトたち三人は、静かにクロの後を追った。
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