第71話 犬好き王女とそうでもない男

「ねえ、ミズトさん。その犬は、触ってもいいのかしら?」

 歩いている最中、先頭を行くクレアが唐突に振り返った。

 その表情は、ずいぶん高揚しているように見える。


「…………はい、クロは人懐っこいので、触っても大丈夫です」


「そう、クロって言うのね!」


「ワン!」

 クレアの視線に、クロは何をされるか理解しているように反応し、クレアに近づいていった。


「ま、まあ、可愛らしいこと!」


「クゥゥゥン」


「ああ……なんてモフモフなの……。ああ……いい……とても素晴らしいわ……。この世のものとは思えない……まさに神様の贈り物ですわ……」

 クレアはうっとりとした表情で、しゃがみ込んでクロを撫でている。


「…………」


 クレアが犬好きなのは分かったが、その極端な反応に、動物好きでも何でもないミズトは呆れていた。

 するとエドガーがミズトに近寄り、ポンポンと肩を叩くと、申し訳なさそうな表情を見せた。


 どうも同じ感情のようだ。

 偉そうで気に入らなかったが、エドガーに共感を覚え、急に親近感が湧いた。


「クレア様、そろそろお時間が……」

 数分ほど経つと、クレアとクロにエドガーが割って入った。


「そ、そうね。こんなに可愛くても、ずっとこうしているわけにはいかないわね……。でも……そうね……、あと少し……少しだけなら……」


「クレア様!」

 エドガーは少し強く言った。


「わ、分かっているわ……分かっているのよ……。分かっているのだけど……分かりたくないときも…………」


「クロ」

 ミズトが呼ぶと、クロは一声鳴いて、すぐにミズトの元へ駆け寄った。

 訳の分からないことを言い出しているので、ミズトは強制的に終わらせたのだ。


「ああ……そんな……これで終わりなんて…………」

 クレアはねたましそうにミズトを見つめた。


(面倒くさいな、この王女は)

「……さあ、急ぎましょう。そろそろギルドから情報のあった地域に入ります」


「そ、そうね。こ、この山の中ってことかしら?」


「はい、この山岳地帯を抜けようとして、途中で行方不明になったのではと、冒険者ギルドは踏んでいるようです」


 ミズト、クレア、エドガーの目の前に広がるのは、『エシュロキア』の北側にある大きな山岳地帯。

 王都へ向かう街道からは外れているが、山を抜ける方が最短経路になっている話だった。

 ただし、多数のモンスターが生息しているため、普通の行商人や旅人はあまり利用しないという。


 クレアは気持ちを切り替えるように、

「さあ、何としても見つけるわよ!」

 と声を張って言うと、先陣を切って山へ向かう道を歩き出した。




 山と言っても、馬車が通れるほどの幅の道が、山岳地帯を貫いている。

 ミズトたちは、森林に囲まれたその山道に沿って進み、行方不明の商隊の痕跡を探していた。


「行方不明になって、最低でも二日は経っているはずだわ」

 クレアは周りを注意深く観察しながら、護衛のエドガーに言った。


「はい、アナング商隊は『エシュロキア』到着予定が一昨日でしたので、本日で二日遅れとなります」


「五日前には、反対側から山岳地帯方面に行く商隊を見たという証言もあるようね。こちらから歩いていれば、何かしら見つけられるといいけど……」


「それにしても誰も通りませんね。誰かとすれ違うようなことがあれば、何か見たか聞き込みをしたいところなんですが」

 エドガーは辺りをキョロキョロと見回した。


「そうね。やはり街道を使う方が一般的ってことかしら」


「そのようです。このまま何もなく山を抜けるようなことがあれば、捜索はかなり難航するかもしれません」


「ええ、だからこそ見落としがないよう、しっかり見ながら進んでちょうだい」


「は」

 王国騎士のエドガーは、言われた通り真面目に周りを見回しながら歩いていた。


 そんな二人の会話を、ミズトは後ろから黙って聞いていた。

 流れで仕方なく捜索に参加したが、こんなところで何日も無駄にするつもりはない。

 モンスターにでも襲われて、どこかで動けなくなっているなら、さっさと救出して帰りたいのだ。


 ミズトは意識を集中し、周辺の気配を探した。


(人の気配はあまりないな……。このまま道に沿っても、誰とも出会うことはなさそうだ。山道からは外れるが、ずいぶん奥に行けば何人か人が集まってるとこがあるけど、集落でもあるのだろうか)


【強力なモンスターの気配はいかがでしょうか?】


(強力な……か。モンスターはそれなりに感じるが、E級の冒険者パーティが苦戦するような奴はいなそうだ。と言っても、どこかにダンジョンがあって、その中に入ってるなら察知できないけどな。あとは……)


 ミズトが察知できるのは生きている者だけだ。つまり、最悪な事態が起きていれば、どこかにいてもミズトには見つけられないのだ。

 エデンはそれを理解し質問していると、ミズトは分かった。


「ワンワンワン!」

 山道に入ってからある程度経った頃、クロが森林に向かって吠えだした。


 モンスターがいるのならミズトが察知できる。

 野生の動物ぐらいでクロが吠えるとも思えない。

 ミズトにも吠える理由が分からず、他の二人に視線を送ると、二人ともミズトを見ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る