第70話 クレアの事情

 一時間後、同じテーブルで待っていると、クレアとエドガーが小さな少女を連れて現れた。


 クレアは戦士らしい堅牢な鎧を身につけていた。さすが王女様だけあって、低レベルにしてはデザイン性と性能が優れている装備のようだ。

 一方、エドガーが普段着のような布の服を着ているのは、王国騎士の鎧を着用するわけにはいかなかったためだろう。


「ミズトさん、待たせたかしら」


「いえ、今来たところですので。それで、そちらのお子さんはクレアさんのお嬢さんでしょうか?」


「…………はあ? あなた、私に喧嘩を売っているの?」


「とんでもありません」

(からかってるだけだ)


「ならいいわ……。彼女は、行方不明になっているメンバーの肉親よ」


 クレアは今回の依頼内容についての説明を始めた。


 発端は、アナング商隊の護衛依頼。

 街道を行く場合でもモンスターや盗賊に襲われる危険がある。そのため商隊などが移動時に冒険者ギルドへ護衛を頼むことはよくあることなのだ。


 ただ、よほど危険な地域へ行かない限り、普段はF級以下の冒険者が護衛につく。

 しかし、今回は街道から離れた経路を行く予定だったため、E級冒険者のパーティが護衛についていた。そのパーティのメンバーに少女の父親がいるようだった。


「なるほど。そのアナング商隊と冒険者パーティが行方不明ってことなのですね」


「そう。彼らを捜すことが、私たちの今回の使命よ」


「お兄ちゃんがパパを捜してくれるの?」

 泣きそうな顔で立っていた少女が、目を潤ませてミズトに言った。


「えっと、おじさんはただお手伝いするだけですよ。このお姉ちゃんとお兄ちゃんが見つけてくれるから、安心して待っていてね」


「ホント!? お姉ちゃん、お兄ちゃん、ありがとう!」

 少女は、クレアとエドガーを見上げた。


「そ、そうね。私たちに任せて、安心してお家で待っていてね。きっとお父様を連れて戻りますわ」

 クレアはしゃがんで少女の頭を撫でると、何か言いたそうにミズトへ視線を送る。


 ミズトはそれを少しも気に留めるようなこともなく、

「では、準備が整っているのでしたら、その子を家へ送り届けて、早速行きましょうか! 行方不明になったと思われる地域は町からだいぶ離れているようです!」

 と声を出した。


「ええ……やる気になってくれて助かるわ」


「もちろん、お引き受けした以上は、最善を尽くします!」

 ミズトは作り笑いをクレアへ向けながら立ち上がると、出口へ向かって歩き出した。


「ちょ、ちょっと……」

 しゃがんでいたクレアも慌てて立ち上がり、少女の手を掴んでミズトについて行く。後ろのエドガーも無言でそれに付き従った。



 *



「一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 ミズトは町を出てすぐに、クレアへ尋ねた。


「なにかしら?」


「報酬を全て私に譲るぐらいでしたら、わざわざ冒険者ギルドの依頼を受けず勝手に捜索へ向かえば良いのではないでしょうか? そちらの王国騎士の方もいらっしゃることですし、私と組む必要はないように思えます」


「あなた何も知らないのね。ギルドの依頼になっているということは、依頼を受けないかぎり詳しい情報を知ることができないのよ。つまり、どこで誰が行方不明になったのか、分からないってこと」


「なるほど。依頼を受領したときに冒険者ギルドから入手した情報は、クレア王女様もご存知なかったのですね」


「ええ、そうよ。それと、王女様はやめてくださらない? これでも素性を隠していますの」

 クレアは不機嫌そうに言った。


「失礼しました。それにしても、今回のような事情でしたら、ニックさんのような正義感の強い冒険者にお話しすれば、クレアさんが無理に行う必要もなく、代わりにやってくれるのではないでしょうか?」


「そうね……そうかもしれないわね……。でも、これは私がやりたいの。私自身の力で依頼を達成し、あの子を救ってあげたいの」


「クレアさん自身がやらないと意味がないと?」


「ええ、私自身の力で人々を手助けするために、王都を出てここまで来たのですから」


「そうだったのですか」

(甘やかされて、何の不自由もなく育ったお嬢さんの戯言ざれごとにしか聞こえんな。自分が苦労してきてないから、そんな綺麗事を平気で言うんだろう。自分自身の力で人々の手助け? 笑わせんな。だいたいそこの王国騎士の力を借りるんだろ?)


 クレアのまっすぐな情熱を、ミズトはひねくれて受け取っていた。


「クレア様。そこまで彼にお話しする必要は……」


「いいえ、エドガー。こうなったら彼にも知っておいてもらうわ。この依頼が、どれだけ私にとって大事なのか」


「はあ、クレア様がそうおっしゃるなら……」

 エドガーは不服そうに引き下がった。


(あの男、何だか最初から乗り気じゃないようだな)


【はい。一国の王女がお忍びで冒険者をやるなど、配下の者が賛成するわけございません】


(そうだよな。日本の時代劇みたいに、実はすげえ強えってのなら分かるけど、レベルも15だし)


【新人冒険者と言っていいレベルでしょう】


 そんなお守りをさせられているエドガーの表情を見ると、気苦労が絶えないことが分かりやすく読み取れ、ミズトは少し同情していた。

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