第68話 D級冒険者

 今日もミズトは『ギール地下遺跡』を探索していた。もう数十回目にも及んでいる。

 その間、レベルは9に上がり、冒険者階級はD級になっていた。


 初めのうちは低階層で冒険者ギルドの依頼をこなし、依頼条件を満たしてから行けるところまで進むようにしていた。しかしD級の今は依頼に関わる階層が、ほとんど地下十階以降となっている。

 そのため、そこまでは採取も戦闘も極力避け、ひたすら駆け抜けることが多くなっていた。


 ただし、他の冒険者から苦情が出ていることは知っていた。

 確かに進路上にモンスターがいれば倒すし、後ろからモンスターが集まってきていても、わざわざ立ち止まってまで倒すようなことはしなかった。

 それが結果的に横取りや押し付けになっているようなのだ。


(正直、横取りしようが押し付けしようがどうってことないと思うけどな)

 ミズトは近くに他の冒険者がいないか確認しながら、通行に邪魔なモンスターを『ストーンバレット』で排除していた。


【マナーとは、損害があるかないかにかかわらず、人が不快感を覚えるかどうかを判断基準とするものです】


(うるさいな、分かってる。だからこうやって冒険者の位置も確認しながらやってんだろ!)

 イライラしたミズトは魔法の加減に失敗し、小石ではなく巨大な岩を発射してしまった。


「やばっ!?」

 思わず声が漏れるが、時すでに遅く、発射された岩はモンスターと共に通路の壁も破壊した。


【ミズトさん、どうか加減にはお気をつけください。今の強さでは三回も撃てばこのフロアが崩壊します】


(…………ダンジョンって壊れるのか?)


【ダンジョンには修復能力が備わっておりますが、壊れないわけではありません】


(そうなのか……)

 ダンジョンを破壊したらマナーどころの騒ぎじゃないので、ミズトはさすがに気をつける必要を感じた。


 それから、ミズトなりに色々気を使いながら『ギール地下遺跡』を進んだ。

 ほとんど何も気にせず全力で進めば、一日で地下二十階を往復できそうなのだが、今日は半日経ってやっと地下十三階に辿り着いた。


(ちょっと意識しすぎたか……。今日に限って依頼内容が地下十七階なんだよな)


【本日中に戻るのはかなり難しい計算になります。各階にあるセーフティエリアで休息をとってはいかがでしょうか?】


(いや、ギルドの営業時間に間に合わなくても、せめて宿には戻るぞ)


【それではもう少し急ぐ必要がございます】


(ああ、この辺からは冒険者はほとんどいないし、速度を上げる)

「クロ、もっと早くても大丈夫か?」

 ミズトは足元にいるブラックフェンリルのクロに話しかけた。


「ワン!」


 ミズトの言葉を理解しているようにクロが答えると、ミズトは近くに誰もいないことを確認して駆け出した。



 *



 翌日、ミズトは前日に出来なかった依頼達成の報告と、当日分の依頼を受けるために冒険者ギルドを訪れた。

 いつも朝は、当日の依頼受付だけになるように、時間の掛かる達成確認や報酬受領の手続きは前日の夜に済ませていた。


(とりあえず今日やる分を三つ選んで、さっさと並ばないとな)


 前日の感じでは依頼達成に時間が掛かるのは間違いない。

 少しでも早く出発するため、ミズトは貼られている中から高額依頼を急いで探していた。


「ねえ、ミズトさん。少しお話があるのだけど、いいかしら?」


 ふいに後ろから声を掛けられた。

 普段、誰かに声を掛けられるようなことはないので、自分の名前がなかったら無視するところだった。


 振り向くと、そこには何度か見た覚えのある女性、クレア・フェアリプスが立っていた。

 ミズトは一目で誰か分かったが、とぼけて訊いてみた。


「どちら様でしょうか?」


「あなた、異界人いかいびとなら私が何者か想像できるのではなくて?」

 クレアはミズトの問いに答える気はなさそうだ。


異界人いかいびとが他者のステータスを見る能力があることは広まっていますので、そのことを言っているようです】


(そういうことか……)

「失礼しました。お名前で何となくは分かります。どういったご用件でしょうか?」


「頼みたいことがあるの。ちょっとお時間いいかしら」

 クレアはフードコートのようにたくさんの席があるエリアを指した。


 正直急いでいるのだが、相手は王国名と同じ姓を持つ女性。断るとそれなりに問題になるのは想像できるので、仕方なく話を聞くことにした。


「それで、どのようなお話でしょうか?」

 ミズトは席に着くなり言った。

 向かいにはクレアとエドガーが座る。


「ミズトさん、あなたはD級冒険者ですね?」

 クレアは質問には答えず質問で返してきた。


 思わず不快が顔に出そうになったが、クレアの隣からジッと見てくるエドガーが気になり、表情を崩さないよう気をつけてミズトは答えた。


「はい、私はD級冒険者です」

 緑色の冒険者ギルド証を見せた。


「そう、それは良かったわ。では私とパーティを組んでくださらない? いえ、ぜひ組んでいただきたいの」


「はい?」

(この小娘、なに言っちゃってんの?)


「ですから、私とパーティを組みなさい」


(こいつ……)


 ミズトは思わず隣にいるエドガーに視線を向けると、彼は困ったような表情を浮かべていた。

 クレアに戻すと、真剣な眼差しで、視線を外さず睨むように見てくる。


「なぜパーティを組む必要があるのでしょうか?」


「よくぞ聞いたわ。これよ!」

 クレアはバンと叩くように、テーブルの上に依頼書を置いた。


 依頼名:アナング商隊とその護衛の捜索

 階級 :D級以上

 報酬 :5,000G


「…………これが何か?」


「何かって、見て分からないかしら? D級以上しか受けられないのよ、これ」


「はあ、みたいですね……」


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


「だから、パーティ組んでこれやるわよって、言ってるんですのよ!!」

 クレアはもう一度テーブルを叩いた。


(だろうとは思ったけど)

「なぜ私がやるのでしょう?」


「あなたソロよね? パーティ組んでないわよね?」


「ええ、まあ」


「だからよ!」


(死ねよ、小娘)

「申し訳ございません、よく分かりません」

 ミズトは無表情で答えた。

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