第57話 ダニエルとボニー

「やあ、君はダニエル君だったね」


「ま、ま、待ってくれ!! それ以上は何も言わないでくれ! ちょ、ちょっとこっちへ!!」


 ダニエルから先日のような生意気な態度は消え、訴えるように必死でミズトの腕を引っ張った。

 そして、ボニーとクロから距離を置くと、

「この前は俺が悪かった、この通りだ! だからこの前のことは黙っててくれ!!」

 祈るように手のひらを合わせ、ミズトへ謝罪した。


「持ち物を盗もうとしたことかい?」


「バ、バカ! だから言わないでくれって言ってるだろ!! この通りだ、頼むよ!」

 ダニエルは妹のボニーを気にしながら言った。

 どうも盗みをしようとしたことを、妹に知られたくないように見えた。


 ミズトが何て答えようか悩んでいると、ダニエルは一人で話を続けた。


「頼むよ、兄ちゃん! 妹には俺のやってることを知らないでいてほしいんだ! 俺たちには両親がいねえ! だからああするしか食ってけねえんだけど、妹にはさ、何て言うのか、いいお兄ちゃんと思っててもらいてえんだ! だから頼むよ、な? な?」

 ダニエルの眼は真剣だ。


【二人は孤児のようですね。妹思いの優しいお兄さんに、わたしには見えます】


(…………)


 ミズトはダニエルの頭を撫でて、

「もちろん何も言わないよ。だから安心して」

 とほほ笑んだ。


「そっか、ありがとよ、兄ちゃん」

 ダニエルは安心したのか、その場に座り込んで、ボニーとクロの様子に視線を送った。


 妹のボニーは本当に嬉しそうにクロと遊んでいる。

 ミズトと違って動物好きなのだろう。


「なあ兄ちゃん。あの犬って兄ちゃんのか?」

 ダニエルはボニーの様子から目を離さずに言った。


「ああ、そうだよ」


「そっか……。兄ちゃん、一つ頼みたいことがあるんだけど……」


「ん? 何だい?」


「たまにでいいから、ホントにたまにでいいから、あの犬連れて遊びに来てくれねえか? 俺、ボニーがあんなに楽しそうにしてるの、初めて見たんだ。勝手な頼みだって分かってるけど……」


【ダニエル君はとても妹思いのお兄さんですね】


(エデンさん……何度も言うな……。ああ、クソ……聞かなきゃよかった……)


 ミズトはダニエルの隣に座り、もう一度頭を撫でると、

「ああ、分かった。時間があるとき尋ねてくるよ。その代わり、あまり危険なことをしないようにね。お兄ちゃんが捕まったら妹が困るだろ?」


「うん、分かってるよ……」


 ダニエルはやりたくてやっているわけではないのだろう。

 生きるために仕方なくやっているのだ。やらないと食べていけないのだ。

 ミズトには分かっているのだが、そう言うしかなかった。


 それからボニーが遊び疲れるまで待つと、ミズト達の元へやって来た。


「お兄ちゃん、そのおじさんと知り合い?」

 ボニーがミズトを見て言う。

 兄ちゃんと言われるより、ミズトは余程しっくりくる気がした。


「そうだよ、おじさんは君のお兄ちゃんの知り合いで、この犬の飼い主さ。お兄ちゃんに頼まれて、犬を連れてきたんだ」


「そうだったの!? お兄ちゃんありがとう、大好き!!」

 ボニーがダニエルに抱きついた。


「はは……」

 ダニエルはバツが悪そうにミズトを見る。


「お兄ちゃん、もうお腹減った、帰ろうよ。今日もご飯ないの?」


「あ、ああ、そうだな……。もうちょっと我慢――――」


「ああ! ああ! ああ!」

 ミズトがダニエルの言葉をさえぎって声をあげた。


「な、なんだよ兄ちゃん、急にデカい声出して?!」


「そうだ、忘れるところだった! この前頼まれてたもの渡さないとな!」

 ミズトがマジックバッグから果物を四つ取り出した。


「え?」


「ダニエル君に頼まれて採ってきたんだった! ほら、ボニーちゃんとお兄ちゃんで二つずつだ!」


「わぁー、美味しそう! お兄ちゃん、食べていいの?」

 ボニーは果物を受け取ってダニエルを見ると、ダニエルはどうしたものかとミズトを見た。


「に、兄ちゃん、いいのか?」


「ほら、ダニエル君も!」

 ミズトは無理矢理ダニエルに果物を持たせた。


「ありがとう……ありがとう……」

 ダニエルは呟きながら涙を流した。

 強がってはいるが、まだ子供なのだ。


「じゃあおじさんは帰るけど、また来るよ! 二人はどこに住んでるんだい?」


「あの青い屋根んとこだ。兄ちゃん、ありがとう」

 ダニエルは涙を袖でぬぐい、青い屋根の小屋を指差した。


「ああ、分かった。じゃあね、ボニーちゃん!」


「じゃあね、おじさん! わんわんも、じゃあね!」


「ワン!」


 ミズトは二人に手を振ると、クロを連れてスラム街を離れた。




【なかなかの善人ぶりでした】

 エデンがタイミングを計ったように言ってきた。


(は? エデンさん、たまにズレたことを言うな。その場しのぎのほどこしなんて良くないに決まってるだろ。最後まで面倒を見られるわけはないのに、一時的に誤魔化すとか逆に無責任だと思うけどな。俺は良心の呵責に耐えられなくなって渡しただけだ)


【そうでしょうか? だとしても彼らが今日の食事に助かったのは事実です。何もしないより遥かに素晴らしいことだと思います】


(どうだかな……)


 ミズトは自分でも釈然としないまま、今日は気分が乗らないので、他の依頼を明日に回して宿へ帰ることにした。

 ただ、ダニエルとの約束は守り、その日から五日に一回は、二人の元を訪れるのであった。

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